咳が続いている場合に起きている炎症

「風邪が治ったはずなのに、どうして咳だけ続くの?」
そのようにお悩みの方がいらっしゃるかもしれません。数日で治ると思っていた咳が長引くと、だんだんと不安になってくるでしょう。
からだは、ウイルスや異物から守るために「炎症」という防御反応を起こし咳がでます。炎症が長引くことで、気管支炎や喘息、肺炎といった深刻な呼吸器疾患につながることもあるのです。
この記事では、炎症と咳の関係、関連する呼吸器疾患について解説いたします。
1.炎症について
炎症とは、外部からの刺激や傷害に対して起こる防御反応のことを指します。これはからだを守るための重要な仕組みです。
炎症が起こると、血管が拡張し血流が増加します。また、白血球などの免疫細胞が集まってきて、有害な物質を排除しようとします。
この過程でさまざまなサイトカインが放出され、それらが周囲の組織に影響を与えることで、炎症の症状が現れるのです。
そして、炎症は急性と慢性に分けられます。
急性炎症は数日から数週間で収まりますが、慢性炎症は長期間続き、ときには数ヶ月から数年にわたることもあります。
急性炎症は、たとえば切り傷や打撲、急性の感染症などのことです。からだは異常を感知するとすぐに反応し、傷ついた組織を修復しようとします。
一方で、慢性炎症は長い間続く低レベルの炎症状態のことを指します。急な痛みや腫れがないため気づきにくいですが、からだの中では炎症がずっとくすぶっている状態です。
アレルギーや自己免疫の病気(たとえば関節リウマチ)、長期間治りにくい感染症が原因で見られます。
2.炎症が引き起こす症状
ここからは炎症が引き起こす症状についてみてみましょう。炎症が起こると、一般的に以下のような症状が現れます。
・発赤(ほっせき):炎症部位が赤くなる
・熱感:炎症部位が熱くなる
・腫脹(しゅちょう):炎症部位が腫れる
・疼痛(とうつう):炎症部位に痛みが生じる
・機能障害:炎症部位の機能が低下する
これらの症状は炎症の5大徴候として知られています。
呼吸器系の炎症では、これらに加えて以下が現れます。
・咳
・痰
・鼻水
・喉の痛み・かゆみ
・息苦しさ
これらの症状は、からだが炎症を起こしている部位を守り、修復しようとしている証拠です。ただし、症状が長期間続く場合は、慢性的な問題が隠れている可能性があります。
咳は、とくに重要な防御機構のひとつです。気道に異物や刺激物が入ったときに、それらを排出するために咳という反射が起こります。
炎症が長引いた場合、気道が過敏になり、わずかな刺激でも咳が誘発されるようになることがあります。
痰は、気道の粘膜から分泌される粘液です。
通常は気道を保護し、湿潤に保つ役割がありますが、炎症時には量が増加し、色や性状が変化することもあります。白色や透明な痰は比較的問題ありませんが、黄色や緑色の痰は細菌感染の可能性があります。
息苦しさは、炎症により気道が狭くなったり、肺胞での酸素交換が妨げられたりすることで生じます。とくに運動時や夜間に悪化することが多く、重症度の指標となることもあります。
これらの症状の程度や持続期間は、炎症の原因や重症度によって異なります。軽度であれば、数日から1週間程度で自然に改善することもありますが、症状が長引く場合や悪化する場合は、医療機関を受診することが重要です。
【参考情報】Cleveland Clinic 『Inflammation』
https://my.clevelandclinic.org/health/symptoms/21660-inflammation
3.炎症が関わる呼吸器疾患
咳や息苦しさ、胸の不快感など、呼吸器に関わる症状には、しばしば炎症が深く関わっています。
呼吸器系の疾患は急な症状から慢性的なものまでさまざまで、炎症がその原因や悪化の要因となることが多く見られるのです。
ここからは、呼吸器疾患の中でもとくに炎症が関与する代表的な疾患である「気管支炎」「気管支喘息」「肺炎」についてご説明いたします。
3-1.気管支炎
気管支炎は、気管支の内側を覆う粘膜に炎症が起こる疾患です。主な症状は咳と痰で、とくに痰を伴う咳が特徴的です。
気管支炎には、急性気管支炎と慢性気管支炎があります。これらのふたつは似たような症状ですが、原因や治療方法が大きく異なります。
急性気管支炎の場合の原因は、通常ウイルス感染や細菌感染です。ウイルス感染や細菌感染により気管支粘膜に炎症が起こると、過剰な粘液が分泌され、それを排出しようとして咳が出ます。
急性気管支炎で多いのは次のような症状です。
・持続的な咳(特に夜間に悪化することが多い)
・痰(初めは透明だが、後に白色や黄色に変化することがある)
・軽度の発熱
・胸部の不快感や痛み
・息切れや呼吸困難
急性気管支炎は通常、1〜3週間程度で改善します。治療は主に対症療法が中心となり、十分な休養、水分補給、必要に応じて解熱鎮痛薬および抗菌薬の使用などが行われます。
一方、慢性気管支炎は、長期間にわたって気管支に炎症が続く状態です。喫煙や大気汚染に長期間さらされることで発症することが多く、3ヶ月以上続く咳と痰が特徴です。
慢性気管支炎では、次のような症状が長期間にわたって続きます。
・長期間続く咳(特に朝に多い)
・大量の粘液性の痰
・息切れ(特に運動時)
・喘鳴(ゼーゼーという音)
・繰り返す呼吸器感染
治療では、原因となる刺激(特に喫煙)を避けることが最も重要です。また、気管支拡張薬や抗炎症薬の使用、呼吸リハビリテーションなども行われます。
【参考情報】Mayo Clinic 『Bronchitis』
https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/bronchitis/symptoms-causes/syc-20355566
3-2.気管支喘息
気管支喘息は、気道の慢性的な炎症性疾患です。この炎症により、気道が過敏になり、さまざまな刺激に対して過剰に反応するようになります。
気管支喘息の主な症状は以下の通りです。
・発作的な咳
・喘鳴(ゼーゼー、ヒューヒューという呼吸時の音)
・胸苦しさ
・息切れ
これらの症状は、気道が狭くなることで引き起こされます。気道の炎症により気道粘膜が腫れ、気道周囲の筋肉が収縮し、さらに粘液の分泌が増加し、気道が狭くなるのです。
気管支喘息の症状は、さまざまな要因によって引き起こされます。
代表的なのは、ハウスダストや花粉、動物の毛といったアレルゲンです。これらアレルゲンが環境に多く存在する季節や状況ではとくに注意が必要でしょう。
また、大気汚染やタバコの煙も気道を刺激し、喘息の症状を悪化させます。
さらに、運動中に気道が過度に反応して発作が起こるケースや、強い感情や精神的なストレスが誘因となることも少なくありません。
加えて、気温の急激な変化もからだに負担をかけ、症状の悪化につながります。
また、一部の薬剤、たとえばアスピリンをはじめとする非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)も、喘息を持つ方にとっては発作のきっかけになることがあるため、注意が必要です。
気管支喘息の診断は、症状の問診、身体診察、呼吸機能検査などによって行われます。診断に使われるピークフローメーターは、気道がどれくらい広がっているかを確認できる機械です。これにより自宅でも簡単に息の強さを測ることができます。
毎日測定することで、症状の変化に早めに気づくことが可能です。喘息悪化の兆候をいち早く見つけられ、適切な対処がしやすくなるでしょう。
治療では炎症を抑えることが重要です。大きく分けて、症状を日常的に管理するための「長期管理薬」と、発作が起きたときにすぐ対応する「発作治療薬」の2種類があります。
以下は、主な薬とその特徴です。
長期管理薬
・吸入ステロイド薬:気道の炎症を抑える中心的な薬剤
・長時間作用性β2刺激薬:気管支を長時間にわたって拡張させる
・ロイコトリエン受容体拮抗薬:炎症を引き起こす物質の作用を抑える
・テオフィリン製剤:気管支の炎症を抑えたり気管支を拡張させる
発作治療薬
・短時間作用性β2刺激薬:発作時に素早く気管支を拡張させる
これらの薬剤を適切に使用することで症状をコントロールし、通常の生活が送りやすくなります。
さらに、アレルゲンの回避や生活環境の改善も重要な治療の一部です。
また、気管支喘息の管理には、医師との緊密な連携が不可欠です。定期的な受診と、自己管理(症状の記録、ピークフローの測定など)を組み合わせることで、より効果的な治療が可能となります。
3-3.肺炎
肺炎は、肺の組織に炎症が起こる疾患です。主に細菌やウイルスなどの病原体の感染によって引き起こされます。
肺炎の主な症状として、次のようなものが見られます。
・高熱
・咳(特に膿性の痰を伴う咳)
・息切れ
・胸痛
・全身倦怠感
肺炎では、肺胞(肺の中の小さな空気の袋)に炎症が起こります。そして、この炎症によって肺胞に液体や膿が溜まり、酸素の取り込みが妨げられます。そのため、息切れや酸素不足といった症状が現れるのです。
肺炎の原因となる病原体にはさまざまなものがあり、主に細菌、ウイルス、真菌の3つに分類されます。具体的に細菌では肺炎球菌、インフルエンザ桿菌、黄色ブドウ球菌が一般的です。
一方、ウイルスの原因としては、インフルエンザウイルス、RSウイルス、新型コロナウイルスがよく見られます。
さらに、免疫力が低下している方では、真菌であるカンジダやアスペルギルスが肺炎の原因となることがあります。
肺炎の診断は、まず症状の問診や身体診察から始まります。さらに、必要に応じて胸部X線検査や血液検査が実施されます。また、重症度を判断するために、CTスキャンや喀痰培養検査が追加で行われることもあります。
治療では、適切な薬剤を使用します。
たとえば、細菌性肺炎では抗菌薬を、インフルエンザなどの場合に有効な抗ウイルス薬を使用します。加えて、炎症を抑えるために、必要に応じて解熱鎮痛薬やステロイド薬が処方されることもあります。
さらに、症状に応じた対症療法や全身管理も重要です。また、肺炎の重症度によっては、入院治療が必要になることもあります。特に、高齢者の方や基礎疾患を持つ方は重症化のリスクが高いため、早期の診断と治療が非常に大切です。
また、肺炎を予防するためには、まずワクチン接種を考えましょう。
とくに、肺炎球菌ワクチンやRSウイルスワクチンは、高齢者の方や慢性疾患を持つ方には重要です。さらに、インフルエンザにかかった後に起こる細菌性肺炎を予防するためにも、インフルエンザワクチンの接種も推奨されています。
さらに、手洗いやうがいなどの日常的な衛生管理も欠かせません。手洗いやうがいは病原体の感染を防ぐための基本的で効果的な方法です。
また、禁煙も重要な予防策のひとつです。タバコは肺の防御機能を弱め、肺炎のリスクを高める可能性があります。禁煙することで感染防御力を高めることができるでしょう。
適度な運動と十分な睡眠も、からだを守るために大切です。これらの生活習慣は、免疫力を高め、感染症にかかりにくくする助けになります。さらに、バランスの取れた食事も忘れてはいけません。栄養の整った食事は、免疫機能を維持するために不可欠です。
こうした予防法を日常生活に取り入れると、肺炎にかかるリスクを大幅に減らし、健康な生活を続けやすくなるでしょう。
【参考情報】Mayo Clinic『Pneumonia』
https://my.clevelandclinic.org/health/diseases/4471-pneumonia
4.熱は下がっても、咳が続く場合は
風邪やインフルエンザなどの感染症では、通常は熱が下がるとほかの症状も和らぐことが多いものです。
しかし、熱が下がったにもかかわらず、咳だけが長引いてしまうことがあります。長引く咳は日常生活にも影響し、不安や不快感をもたらすでしょう。
ここからは熱が下がっても咳が続く原因について、いくつかのケースをご紹介します。
・感染後咳嗽(かんせんごがいそう)
風邪やインフルエンザが治った後でも、気道の過敏性が残っていることで咳が続く状態を「感染後咳嗽」と呼びます。感染後咳嗽は、ウイルスや細菌による感染が収まったあとでも、気管支が敏感な状態になりやすいために起こります。
感染後咳嗽の特徴
・乾いた咳が続く
・夜間や早朝に悪化しやすい
・2週間程度で自然に治まることが多いが、2ヶ月以上続くこともある
対処法としては、まず十分な水分補給が大切です。可能であれば加湿器を使って部屋の空気を湿らせると喉や気道が潤い、咳を和らげるのに役立ちます。
必要に応じて、咳止め薬を使うことも検討してください。症状が長引く場合は、呼吸器内科をはじめとした医療機関へ受診を考えましょう。
・慢性気管支炎や気管支喘息の悪化
もともと慢性の呼吸器疾患を持っている方の場合、感染が治った後でも症状が悪化することがあります。
これは、気管支の炎症が長引くことで、咳や息切れが続くためです。とくに気管支喘息の方は、感染が引き金となって発作が悪化することもあります。
特徴として現れる症状
・咳や痰が増える
・息切れがひどくなる
・喘鳴(息をするたびに「ゼーゼー」や「ヒューヒュー」という音)を伴う
このような場合は、主治医に相談し、処方薬の使用を見直すことが大切です。また、アレルゲンとなるものをできるだけ排除し、生活環境を整えることも症状の改善につながります。
・副鼻腔炎(蓄膿症)による咳
副鼻腔炎(蓄膿症)は、鼻の奥にある副鼻腔に炎症が起こる病気です。副鼻腔炎症によって分泌物が増え、それが喉に流れ落ちることで咳が引き起こされます。
副鼻腔炎の特徴的な症状
・鼻づまりや鼻水が続く
・後鼻漏(鼻から喉に粘液が落ちる感覚)
・頭痛や顔面の圧迫感
この場合は、耳鼻咽喉科での診察が必要です。治療では、鼻腔洗浄や抗菌薬、抗炎症薬を使い、炎症を抑えることで咳の改善が期待できます。
【参考情報】Mayo Clinic 『Sinus Infection (Sinusitis)』
https://my.clevelandclinic.org/health/diseases/17701-sinusitis
・逆流性食道炎による咳
逆流性食道炎では、胃酸が逆流して食道や喉を刺激し、慢性的な咳を引き起こします。逆流性食道炎による咳は、食後や就寝時に悪化することが多く、胸の不快感を伴うこともあります。
特徴的な症状
・胸やけや胃の不快感
・食後や夜間に悪化する咳
・のどの違和感が続く
この場合は、まず食生活の改善が重要です。就寝前の食事を控えたり、脂っこいものを減らしたりすることで咳が抑えられます。また、必要に応じて制酸薬を使用し、消化器内科での診察も検討しましょう。
・薬の副作用としての咳
高血圧の治療に使われるACE阻害薬という薬の副作用として、乾いた咳が続くことがあります。もし、薬の服用を始めてから咳が出る場合は副作用が原因の可能性を考えましょう。
薬剤性の咳の特徴
・乾いた咳が持続する
・薬の服用開始後に発症する
この場合は主治医に相談し、代替薬への変更を検討することが望ましいです。自己判断で中断せず、医師の指示に従って対応しましょう。
【参照文献】 日本呼吸器学会『Q1 からせき(たんのないせき)が3週間以上続きます
https://www.jrs.or.jp/citizen/faq/q01.html
5.おわりに
咳はからだを守るための重要な反射ですが、長期間続く場合は何らかの問題が隠れている可能性があります。
熱が下がっても咳だけが続く場合や2週間以上咳が続く場合は、早めに呼吸器内科をはじめとする医療機関へ受診し専門医による診断を受けることを検討しましょう。