「非結核性抗酸菌症」とはどんな病気?

この記事では、非結核性抗酸菌症の特徴、主な症状、診断方法、治療法などについてご説明します。
非結核性抗酸菌症は、自然界に広く存在する土や水などに含まれる「非結核性抗酸菌」が原因で発症する慢性的な呼吸器の病気です。
結核菌とは異なり、人から人へうつることはありません。
中高年の女性に多く見られ、進行がゆっくりであるため、初期には症状に気づかないことも少なくありません。症状が進行すると咳や痰が長引いたり、血痰が出たりする場合もあり、日常生活に影響を及ぼすことがあります。
診断は、胸部の画像検査や喀痰検査によりおこなわれます。治療には長期的な抗菌薬の服用が必要です。
適切な治療を続けることで病気の進行を抑えることができ、症状をコントロールすることが可能です。
まずは、非結核性抗酸菌症の特徴と原因についてみていきましょう。
1. 特徴
非結核性抗酸菌症は、近年急速に増加している呼吸器疾患のひとつです。
非結核性抗酸菌症(Nontuberculous Mycobacterial Disease)は、その名の通り、結核菌以外の抗酸菌によって引き起こされる感染症です。
抗酸菌とは、特殊な染色法で染まる細菌の一群のことを指し、結核菌もこのグループに含まれます。しかし、非結核性抗酸菌は結核菌とは異なる性質を持っています。
最も重要な違いは、非結核性抗酸菌は人から人へ感染しないということです。これは結核と大きく異なる点で、患者さんやそのご家族にとって安心できる情報でしょう。
非結核性抗酸菌は自然界に広く分布しており、とくに水や土壌、植物に存在しています。そのため、日常生活の中でどなたでも接触する機会があり感染するリスクがありますが、健康な方は通常、発症しません。
非結核性抗酸菌には多くの種類が存在しますが、マイコバクテリウム・アビウム(M. avium)とマイコバクテリウム・イントラセルラーレ(M. intracellulare)が代表的です。
これらをまとめてMAC(マック)菌と呼ぶため、これらによる非結核性抗酸菌症を肺MAC症と呼びます。非結核性抗酸菌症の中で最も多く、とくに日本やアジア諸国で多く見られるとされています。
非結核性抗酸菌症の特徴として、進行がゆっくりであることがあげられます。多くの場合、数年から数十年という長い期間をかけて徐々に進行していきます。
そのため、初期の段階では症状がほとんどなく、健康診断の胸部レントゲン検査で偶然発見されることも少なくありません。
通常の免疫力がある方は発症しにくい非結核性抗酸菌症ですが、何らかの理由で免疫力が低下したり、肺に問題が生じている場合に発症リスクが高まると考えられています。
非結核性抗酸菌は自然界に存在するため、日常生活での接触を避けることは難しく、特に水を介して感染することが多いとされています。
発症リスクが高いのは次のような条件を持つ方です。
まず、高齢者の方はリスクが高いとされています。年齢を重ねることで免疫機能が低下し、感染しやすくなるためです。
また、気管支拡張症や慢性閉塞性肺疾患などの既存の呼吸器疾患がある方も、非結核性抗酸菌症を発症するリスクが高いとされています。これは、これらの疾患によって肺の防御機能が低下し、抗酸菌が肺で増殖することを許してしまうのです。
また、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)患者さん、抗がん剤治療を受けている方、免疫抑制剤を使用している方は、通常よりも感染に対する抵抗力が弱いため、非結核性抗酸菌に感染しやすくなります。
なお、興味深いことに、中高年の女性に特に多く見られるという特徴があります。中でも、やせ型で基礎疾患のない女性に多いことが指摘されています。
理由については、まだ完全には解明されていませんが、遺伝的要因や体質、閉経に伴うホルモンバランスなどが関与している可能性が考えられています。また、低栄養と関連するやせ型も免疫低下を生じ、非結核性抗酸菌に感染しやすくなります。
【参考情報】Cleveland Clinic『Nontuberculous Mycobacteria Infections』
https://my.clevelandclinic.org/health/diseases/21200-nontuberculous-mycobacteria-infections
2. 症状
非結核性抗酸菌症の症状は、病気の進行度合いによってさまざまです。
初期段階では無症状のことも多いですが徐々に症状が現れます。主な症状について詳しく見ていきましょう。
最も一般的な症状は咳と痰です。とくに長引く咳が特徴的です。
通常の風邪であれば1〜2週間で改善しますが、非結核性抗酸菌症の場合は数か月以上続くことがあります。痰は粘り気のある白色や黄色のものが多いですが、進行すると血痰が混じることもあります。
息切れや呼吸困難も、よく見られる症状です。初期の段階では軽度で、階段を上るときや急いで歩くときなどに感じる程度かもしれません。しかし、病気が進行すると、日常生活でも息苦しさを感じるようになることがあります。
発熱も非結核性抗酸菌症の症状のひとつです。
ただし、高熱が続くというよりは、微熱が長期間続くことが多いとされています。37度台後半から38度程度の熱が、数週間から数か月続くこともあります。
全身倦怠感や体重減少も、注意が必要な症状です。
非結核性抗酸菌症の慢性的な炎症により体力が消耗し、徐々に体重が減少していくことがあります。特に、急激な体重減少がある場合は、病気が進行している可能性があるため、早めに医療機関への受診が必要です。
胸痛や背中の痛みを感じる方もいます。これは、肺の炎症が胸膜まで及んでいる場合に起こります。痛みの程度は人によってさまざまですが、深呼吸をしたときに痛みが強くなることが特徴です。
また、まれではありますが、喀血(かっけつ)が起こることもあります。喀血とは、咳とともに血液が出ることです。
少量の血痰程度のこともありますが、大量の出血が起こる場合もあります。喀血が起こった場合は、速やかに医療機関を受診する必要があります。
一方でこれらの症状は、非結核性抗酸菌症に特異的なものではありません。
つまり、ほかの呼吸器疾患でも似たような症状がみられるのが一般的です。
そのため、これらの症状が長引く場合は、自己判断せずに呼吸器内科をはじめとした医療機関を受診し、適切な検査を受けることが重要です。
また、非結核性抗酸菌症の症状は、ゆっくりと進行することが多いため、患者さんご自身が気づきにくいことがあります。たとえば、徐々に息切れが強くなっていても、年齢のせいだと思い込んでしまうことがあります。
そのため、定期的な健康診断を受けることや、体調の変化に敏感になることが大切です。
とくに、既往歴のある方や高齢の方は、症状が現れにくかったり、非典型的な症状が出たりすることがあります。そのため、普段と違う体調の変化を感じた場合は、些細なことでも医師に相談することが大切です。
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3. 診断・検査
非結核性抗酸菌症の診断は、症状、画像検査、細菌学的検査などを総合的に判断して行われます。
診断が難しいことが多く、症状が進行してから診断されるケースが多々あります。
そのため、次のような検査方法を用いての正確な診断が必要です。それぞれの検査について見ていきましょう。
まず、医師は患者さんの症状や既往歴、生活環境などについて詳しく問診を行います。
長引く咳や痰、微熱、体重減少などの症状がある場合、非結核性抗酸菌症を疑うひとつの手がかりとなります。
次に行われるのが画像検査です。胸部X線検査(レントゲン検査)とCT検査が主に用いられます。
胸部X線検査では、肺の異常陰影を確認します。非結核性抗酸菌症では、主に肺の中葉や舌区(ぜっく)と呼ばれる部分に陰影が現れやすいという特徴があります。しかし、初期の段階では異常が見つかりにくいです。
CT検査は、より詳細な肺の状態を観察することができます。特徴的な所見として、小結節影や気管支拡張像、空洞形成などが挙げられます。
これらの所見は、病気の進行度や広がりを判断する上で重要な情報です。
CTスキャンでは、肺に結節や空洞病変が見られることが多く、非結核性抗酸菌症特有の所見として重要な診断基準となります。
画像検査で非結核性抗酸菌症が疑われる場合、次に細菌学的検査を行います。
最も重要なのは喀痰検査です。患者さんに痰を出してもらい、その中に非結核性抗酸菌がいるかどうかを調べます。
喀痰検査では、まず抗酸菌染色という特殊な染色法を用いて菌を観察します。さらに、培養検査を行って菌の種類を同定します。
また、遺伝子検査も行われることがあります。日本の診断基準では、異なる日に採取した喀痰から2回以上非結核性抗酸菌が検出されれば、診断が確定します。
結果が出るまでに数週間から数か月かかることがあるため、定期的に喀痰検査を行うことが推奨されています。
喀痰が出にくい患者さんの場合は、気管支鏡検査を行うこともあります。気管支鏡を用いて直接気管支から検体を採取し、検査を行います。
また、血液検査も補助的な診断方法として用いられます。非結核性抗酸菌に対する抗体を測定する検査(抗MAC抗体)があり、感染の有無を判断する手がかりとなります。ただし、この検査だけで確定診断を下すことはできません。
これらの検査結果を総合的に判断し、非結核性抗酸菌症の診断が下されます。
診断がついたあとも、数年間にわたって定期的に検査を行って病状の経過を観察します。とくに、治療開始後は喀痰検査を繰り返し行い、菌が陰性化したかどうかを確認します。
非結核性抗酸菌症の診断は時に難しく、ほかの呼吸器疾患との鑑別が必要になることもあります。
そのため、呼吸器専門医による診断が重要です。また、診断がついた後も、適切な治療方針を立てるために、専門医による継続的な管理が必要となります。
4. 治療
非結核性抗酸菌症の治療は、症状や病状の進行度、全身状態などを考慮して患者さんそれぞれに対して計画されます。
主な治療法は抗菌薬による薬物療法です。場合によっては手術療法が選択されることもあります。
ここからは、それぞれの治療法について詳しく見ていきましょう。
薬物療法は非結核性抗酸菌症の主要な治療法です。通常、複数の抗菌薬を組み合わせて使用します。これは、単剤で使用すると薬剤耐性菌が出現しやすくなるためです。
最も一般的な治療法は、クラリスロマイシン、エタンブトール、リファンピシンの3剤併用療法です。これらの薬を毎日服用し、長期間継続します。
治療期間は、喀痰から菌が検出されなくなってからさらに1年程度続けることが推奨されています。つまり、全体の治療期間は通常2年以上に及びます。
一方で、3剤併用療法でも、すべての患者さんで効果が得られるわけではありません。
約3割の方は治療をしても菌が陰性化しないとされています。
そのような場合は、アミカシンの注射薬を追加したり、吸入療法を併用したりすることがあります。
最近では、新しい治療薬も開発されています。
たとえば、アミカシンリポソーム(アミノグリコシド系抗生物質)吸入液です。従来の治療で効果が得られなかった患者さんに対して使用される新しい薬剤です。
なお、薬物療法を行ううえでは、副作用の管理が重要です。
使用する抗菌薬によってさまざまな副作用が起こる可能性があります。
たとえば、エタンブトールでは視力障害、リファンピシンでは肝機能障害などに注意が必要です。
そのため、定期的な血液検査や視力検査を行い、副作用の早期発見・早期対応に努めます。
手術療法は、薬物療法で効果が得られない場合や、病変が限局している場合に検討されます。
病変部分を切除することで、菌の量を減らし症状を改善させることができます。
ただし、手術の適応は慎重に判断する必要があり、患者さんの全身状態や病変の広がり、術後の肺機能などを総合的に評価して決定します。
そのほか、治療を行ううえで重要なのは、患者さんご自身の生活管理です。
十分な栄養摂取と休養、適度な運動は、免疫力を高め、治療効果を上げるのに役立ちます。
とくに、非結核性抗酸菌症では体重減少が問題になることが多いため、バランスの良い食事を心がけることが大切です。
タンパク質やビタミン、ミネラルを十分に摂取し、体力の維持・向上に努めましょう。
また、禁煙は非常に重要です。
喫煙は呼吸器に悪影響を与え、病気の進行を早める可能性があります。喫煙者の方は、この機会に禁煙に取り組むほうがいいでしょう。
適度な運動も重要です。
体力や呼吸機能の維持・向上のため、可能な範囲で散歩やストレッチなどの軽い運動を行いましょう。
ただし、過度な運動は避け、体調に合わせて無理のない範囲で行うことが大切です。
ストレス管理も忘れてはいけません。過度のストレスは免疫力を低下させる可能性があるため、十分な睡眠や趣味の時間を持つなど、ストレス解消法を見つけることが大切です。
また、環境管理も重要です。非結核性抗酸菌は環境中に存在するため、できるだけ埃や湿気の少ない清潔な環境を保つよう心がけましょう。
とくに、加湿器や浴室など湿気の多い場所では、雑菌やカビが繁殖しやすいため、定期的な清掃と乾燥が必要です。
加湿器を使用する際は、使用後にしっかりと洗浄し、乾燥させましょう。
これにより、雑菌の繁殖を防げます。
定期的な受診と服薬管理も重要です。治療が完了しても再発リスクが高いため、治療終了後も数年間にわたるフォローアップが推奨されています。
症状が改善してきても、医師の指示なく自己判断で治療を中断しないようにしましょう。また、副作用の早期発見のため、体調の変化があれば速やかに医師に相談することが大切です。
最後に、非結核性抗酸菌症は慢性の経過をたどる病気であるため、長期的な視点で治療に取り組むことが重要です。
焦らず、根気強く治療を続けましょう。
【参照文献】医学と医療の最前線『非結核性抗酸菌症診療の最前線』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/100/4/100_1058/_pdf/-char/ja
5. おわりに
非結核性抗酸菌症は、慢性の肺感染症であり、早期発見と適切な治療が予後を大きく改善します。
高齢化社会において増加傾向にあり、とくに免疫力が低下している方や慢性肺疾患を持つ方にとっては重大な疾患です。
しかし、正しい診断と適切な治療を受けることで、症状のコントロールや生活の質の改善が期待できます。
治療は長期間にわたり、副作用のリスクもあるため、患者さんご自身が治療に対する理解を深め、医師とのコミュニケーションを大切にしながら進めていくことが重要です。
日常生活における予防や生活習慣の改善も治療の効果を高めるポイントとなります。
医師と連携して適切な治療を続けることで、症状をコントロールしながら完治を目指しましょう。
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