喘息治療のゴールについて
喘息は現代の医学では完治が難しいため、長い間上手に付き合っていかなければいけない慢性呼吸器疾患です。
長期にわたる治療で不安に思う方もいるかもしれませんが、定期的な通院や治療、自己管理を続けていれば、健康な人と同じような生活を送ることができます。
治療の意味をよく理解し、根気強く続けていくためにも、「喘息治療のゴール」について紹介します。
1. 喘息治療のゴールはなに?
喘息治療のゴールは発作を鎮めることではなく、「発作が起きない状態が長期的に続き、健康な人と変わらない生活を送ること」です。
発作が起きたときだけ薬を使用するのでは不十分で、普段から気道の炎症を抑えて症状をコントロールする必要があります。
1-1.喘息治療。その目標とは
日本アレルギー学会の「喘息予防・管理ガイドライン2021」では、喘息治療の目標を次のように定めています。
・健常人と変わらない日常生活が送れること。
・正常な発育が保たれること。
・正常に近い呼吸機能を維持すること。
・ピークフロー値*¹の変動が予測値の20%未満
・ピークフロー値が予測値の80%以上。
・夜間や早朝の咳や呼吸困難がなく十分な夜間睡眠が可能なこと。
・喘息発作が起こらないこと。
・喘息死の回避。
・急性増悪を予防する。
・治療薬による副作用がないこと。
・健康寿命と生命予後を良好に保つ。
・非可逆的な気道リモデリング*²への進展を防ぐこと。
【参考情報】日本臨床麻酔学会『成人喘息のガイドライン』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsca/33/1/33_001/_pdf
【参考情報】『喘息予防・管理ガイドライン2021の改訂ポイント』新実 彰男
https://www.jstage.jst.go.jp/article/arerugi/71/9/71_1092/_pdf
〈*1ピークフローとは〉
喘息治療では、通院や服薬だけでなく自己管理も大切です。
ピークフロー値とは、十分に息を吸い込んでから、全力で息を吐き出したときの「息の速さ」のことです。基準値と比較したり日内変動を計算することで気道の状態を客観的に把握することができ、毎日の自己管理や、医師が治療効果を確認するのに役立ちます。
ピークフローメーターという器具を使って毎日朝と夜の2回測定し、「ぜんそく日記」に記録しましょう。
ピークフロー値を継続して測定することで、喘息症状の悪化にいち早く気づくことができたり、気候などの悪化の要因について自分で考察するのに役立ちます。
主治医と相談して「どのくらいの値になったら予備の薬を使うか、緊急に受診が必要か」などを事前に決めておくことで、いざという時に適切な対処ができます。
【参考情報】環境再生保全機構『ピークフロー測定とぜん息日記』
https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/basic/adult/control/condition/peakflow.html
〈*2気道のリモデリングとは〉
治療をおろそかにし発作が起きたときだけ薬を使っていると、一時的には回復したように見えても気道がますます敏感になって発作が起きやすい状態になるという悪循環に陥ります。
このような発作を繰り返して気管支の壁が厚く・硬くなり、気道が狭くなることを「気道のリモデリング」と呼びます。
気道のリモデリングは一度起こると治療をしても元に戻らない、不可逆的な状態です。
気道が狭い状態で元に戻らなくなってしまうため、難治化の原因となります。
気道のリモデリングを予防するためには、症状が落ち着いていても毎日の長期管理薬を継続し、気道の炎症を抑えておくことが大切です。
【参考情報】環境再生保全機構『成人ぜん息』
https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/basic/adult/knowledge/index.html
喘息治療のゴールとして「健康な人と変わらない生活を送ること」というとイメージしにくいかもしれませんが、例えば「学校の行事に出席したい」「旅行や好きなことをしたい」など具体的な目標を考えてみると、治療に取り組みやすいのではないでしょうか。
1-2.喘息治療はいつまで続けるべきなのか
喘息は慢性疾患であるため、治療は4-5年にわたって長期間継続して行う必要がありますが、症状のコントロールが良好な状態が長期間続いている場合は、医師の判断により薬を減らすこともできます。
しかし、症状が良くなったように感じても、喘息が起きやすい体質であることは変わらないため、再発や悪化する場合もあります。
小児ぜんそくの患者さんが大人になってから再発するケースもあるため、治療終了後も発作の原因となるもの(喫煙、ハウスダストなど)を避けることが大切です。
また、季節によって症状に変化がある場合は、年単位で様子を見る必要があります。
自己判断で薬をやめてしまうと症状が悪化し、難治化する原因にもなります。
薬の副作用が出ている場合や、薬を減らしたいと考えている場合は、まずは主治医に相談しましょう。
【参考情報】Cleveland Clinic “Asthma”
https://my.clevelandclinic.org/health/diseases/6424-asthma
2.喘息の主な治療法3つ
喘息の治療は薬物治療が中心ですが、加えて運動療法や心理療法を取り入れることでより治療効果を高めることができます。
2-1.薬物治療
喘息の薬物療法には、毎日使用して発作を予防する「長期管理薬(コントローラー)」と、発作が起きたときに使う「発作治療薬(リリーバー)」があります。
〈長期管理薬(コントローラー)〉
長期管理薬は気道の状態を良好に保ち、発作を予防する薬です。症状がない時でも継続して使用する必要があります。
長期管理薬には「吸入ステロイド薬」と「気管支拡張薬」があります。吸入ステロイド薬を軸に、症状や重症度に応じて薬を選択します。
吸入ステロイド薬は気管支の炎症を抑える薬です。
「ステロイド」と聞くと副作用が強いイメージがあるかもしれませんが、飲み薬のステロイドと吸入ステロイドでは量や作用の仕方が異なります。
喘息に用いられる吸入ステロイド薬は肺や気管支の粘膜にとどまって直接炎症を抑えるように作られているため、全身への影響はほとんどありません。
薬が口の中に残っているとのどの違和感や声枯れ、口腔カンジダ症(真菌=カビによって起こる口腔の感染症)などの副作用が出る場合がありますが、吸入後にうがいを入念にすることで予防が可能です。
吸入ステロイド薬の普及に伴い、喘息が重症化する方やぜんそく死の数が減少したと言われており、治療で欠くことのできない薬です。
直接作用するため長期間使用しても副作用が少なく、子供から高齢者、妊娠中の方でも使用できるものもあります。
【参考情報】厚生労働省『吸入ステロイド薬の安全性』
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/kenkou/ryumachi/dl/jititai05_0007.pdf
気管支拡張薬は、気道の筋肉(気道平滑筋)に作用し、気管支が狭くならないようにする薬です。
気管支拡張薬は作用機序によって「長時間作用性β₂刺激薬(気管支平滑筋を弛緩させ、気管支を広げる薬)」や「長時間作用性抗コリン薬(気管支平滑筋の収縮を抑えて、気管支を広げる薬)」、「テオフィリン徐放製剤(徐々に効果が出るため安定した治療効果が特徴の薬)」に分けられます。
また、1剤で気道の炎症を抑える作用と気管支拡張作用の両方を持つ薬や、炎症のもととなるアレルギーを抑える薬などが使われることもあります。
これまでの喘息治療に関する研究では、気管支拡張薬単独で喘息を治療すると、気道のリモデリングが起こって、かえって喘息の悪化につながることが分かっており、一方で吸入ステロイド薬と併用して治療した場合では、非常に良好な効果が得られることが明らかとなっているため、必ず吸入ステロイド薬と共に使用されます。
〈発作治療薬(リリーバー)〉
発作治療薬は、交感神経(活動時や興奮時に優位になる自律神経)を刺激して気管支を広げる「短時間作用性β₂刺激薬」があります。
即効性があり、発作が起きて狭くなった気管支を広げて呼吸を楽にする効果がありますが、気道の炎症を抑える効果はないため根本的な治療にはなりません。
長期管理薬を服薬せずに、発作が起きたときだけ発作治療薬に頼るというような使い方をしていると、気道のリモデリングが起こって喘息が治りにくくなります。
また、副作用で心臓に負担を生じてしまう危険性もあり得ます。
必ず長期管理薬と併用し、いざという時のために発作治療薬は常に携帯するようにしましょう。
2-2.運動療法
喘息の患者さんは発作が出ることを恐れて運動を避けがちになってしまうことがあります。
もちろん、「運動誘発性喘息」の危険性もあるため注意が必要な場合もありますが、運動を過度に避けてしまうと次のようなデメリットがあります。
・心肺機能や呼吸機能、体力などが低下するリスク
・肥満など生活習慣病のリスク
喘息症状のコントロールが良好な方は、適度な運動がむしろ発作の予防に繋がると言われています。喘息があっても、オリンピック選手として活躍されている方もおられます。
運動誘発性喘息を予防するためには次のような方法があります。
・鼻で息をして、寒い場合はマスクをする(乾燥や冷気を防ぐ)
・準備運動を行い、こまめに休憩を取る
・医師と相談の上、運動前に予防吸入を行う
・ピークフロー値を目安に、運動ができる状態か判断する
・高温多湿の環境で喘息発作の起こりにくいスポーツを選ぶ
特に、水泳は喘息のある患者さんでも負担が少ないスポーツです。
一方で、スキューバダイビングは、喘息患者さんでは死亡する危険性もあるスポーツですので、当院では許可できません。
体を動かすことでストレス解消にも繋がるため、喘息発作を予防しながら無理のない範囲で運動を取り入れましょう。
【参考情報】環境再生保全機構『気管支ぜん息と運動療法』
https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/local_government/pdf/swimming_man3.pdf
【参考情報】『Exercise-induced asthma』Mayo Clinic
https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/exercise-induced-asthma/symptoms-causes/syc-20372300
2-3.心理療法
喘息の患者さんは次のようなストレスを抱えてしまうことがあります。
・発作の苦しみが周囲に理解されない
・いつ発作がおこるか分からない不安
・仕事や学校生活に支障が出ることへの心配
・長期にわたる治療で先が見えない事への不安
精神的に不安定な状態になると、治療に前向きになれないだけでなく、ストレスが原因で発作が起きてしまうこともあります。
喘息は重症な症例ほど心理的要因との関係が強いと言われており、カウンセリングや心理療法など包括的な治療が必要になります。
3.おわりに
喘息治療は4-5年と長期にわたるため、「完治」を目指すというよりは「症状を抑えて上手く付き合っていく方法を探す」必要があります。
まずは喘息という病気や自分の治療について理解し、症状の悪化を防ぐための自己管理を行いましょう。
生活の質を維持し、健康な人と同じような生活を送るためにも、医師の指示通りに治療を継続することが大切です。