妊娠後期のいびきの原因と治し方~赤ちゃんへの影響と安全な対策~

妊娠後期に入ってから、いびきが急にひどくなったと感じていませんか?

一般的に「いびきの治し方」と検索すると、減量や手術などが表示されますが、妊娠中の体には適さないものも多くあります。

なぜ妊娠後期にはいびきが増えるのでしょうか。本記事ではその原因と、妊娠中でも安全に取り組めるいびき対策について、呼吸器内科医が解説します。

1. 妊娠後期にいびきが増える原因


妊娠後期になると女性の体には様々な変化が起こり、それがいびきの原因になります。

妊婦さんの約20〜30%に睡眠時のいびきがみられるとも報告されており、決して珍しいことではありません。具体的にどのような変化がいびきを引き起こすのでしょうか。

1-1. ホルモン変化による鼻づまり

妊娠に伴うホルモンバランスの変化は、いびきの大きな原因の一つです。

妊娠中期〜後期にかけて増加するエストロゲン(卵胞ホルモン)には、血管を拡張させ、粘膜を腫れやすくする作用があります。その結果、鼻の粘膜が充血してむくみ、「妊娠性鼻づまり(妊娠性鼻炎)」と呼ばれる状態が起こりやすくなります。

鼻が詰まると自然に口呼吸になり、喉の奥で空気が振動していびきをかきやすくなります。

さらに血液量の増加も鼻粘膜のむくみを助長させるため、妊娠後期は「鼻が通りにくいから口で呼吸してしまう」という状況が増えるのです。

【血液量の増加とは、妊娠中に胎盤への血流を確保するため母体の血液が1.5倍程度に増える変化です。】

【参考情報】『Snoring during pregnancy and delivery outcomes』American Academy of Sleep Medicine (AASM) / study by University of Michigan
https://aasm.org/snoring-during-pregnancy-is-a-risk-factor-for-adverse-delivery-outcomes/

1-2. 体重増加と気道の狭まり

妊娠が進むにつれて体重は増え、後期には10kg前後の増加も珍しくありません。

これは正常な経過ですが、同時に首や喉まわりに脂肪が付き、気道(空気の通り道)が狭くなってしまいます。狭くなった気道を空気が通過するときに周囲の組織が振動して、大きないびきが生じます。

加えて、妊娠後期は大きくなったお腹により横隔膜が押し上げられ、肺を十分に膨らませにくくなります。

呼吸が浅くなり一度に取り込める酸素量が減ることも、就寝中にいびきをかきやすい要因と考えられています。

【参考情報】『Causes of Snoring During Pregnancy, and How to Sleep Better』HealthLine (review of medical evidence)
https://www.healthline.com/health/snoring-in-pregnancy

1-3. 妊娠後期特有の身体変化

妊娠中に増えるプロゲステロン(黄体ホルモン)には体をリラックスさせる作用があり、喉や舌を支える筋肉も通常よりゆるみがちになります。

【プロゲステロンとは、妊娠を維持するために分泌されるホルモンで、体の筋肉や組織を緩める作用があります。】

睡眠中に喉の周囲の筋肉が緩むと、舌根(舌の付け根)が落ち込みやすくなり、気道が狭くなっていびきが生じやすくなります。

また、妊娠後期はどうしても寝苦しく、睡眠姿勢も不安定になりがちです。

仰向けはお腹の重さで血管が圧迫されるため推奨されず、横向き寝が良いとされますが、大きなお腹では楽な姿勢を保つのが困難です。結果として寝苦しさから姿勢が定まらず、気道が狭まる体勢になってしまうことも要因の一つとなっています。

【参考情報】『Mild maternal sleep-disordered breathing during pregnancy affects offspring head circumference growth and adiposity acquisition』A. Brener et al., Scientific Reports (research on pregnancy-associated SDB)
https://www.nature.com/articles/s41598-020-70911-4

2. いびきは赤ちゃんに影響する?無呼吸症候群との関係


妊娠中のいびきについて、お母さん自身の睡眠の質はもちろん、赤ちゃんへの影響を心配される方は少なくありません。

ここでは母体や胎児に与える影響と、一時的ないびきと治療が必要な睡眠時無呼吸症候群(SAS)との見極めポイントについて解説します。

【睡眠時無呼吸症候群とは、睡眠中に呼吸が何度も止まる病気で、酸素不足や睡眠の質の低下を引き起こす状態です。】

2-1. 妊娠中のいびきが母体に及ぼす影響

まず、いびきはお母さん自身の睡眠の質を低下させます。

夜間にいびきを繰り返すと、振動や呼吸の乱れによって脳が覚醒しかかり、深い睡眠が妨げられます。その結果、日中の強い眠気や疲労感に悩まされたり、熟睡できないストレスで気分の落ち込みを感じることもあります。

さらに注意すべきは、慢性的ないびきが合併症リスクを高める可能性です。

妊娠中期以降に習慣的ないびきをかくようになった女性は、妊娠高血圧症候群を発症するリスクが高まるとの報告があります。夜間の呼吸障害により母体がストレスを受けると、血圧の上昇や糖代謝への悪影響(妊娠糖尿病リスク)も懸念されます。

【妊娠高血圧症候群とは、妊娠後期に血圧が高くなる病気で、母子ともにリスクが高まる可能性があります。】

◆『いびきと睡眠の質の関係を理解する』について>>

【参考情報】『睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome:SAS)』日本呼吸器学会
https://www.jrs.or.jp/citizen/disease/i/i-05.html

【参考情報】『Pregnancy and fetal outcomes of symptoms of sleep-disordered breathing』European Respiratory Society / G. Bourjeily et al.
https://publications.ersnet.org/content/erj/36/4/849

2-2. いびきはお腹の赤ちゃんに影響するの?

結論から言えば、一時的ないびきであればお腹の赤ちゃんに直接大きな悪影響を与えることはほとんどありません。

胎児は羊水に守られており、音や振動で苦しむことはないので安心してください。

ただし注意が必要なのは、睡眠時無呼吸症候群(SAS)を合併している場合です。

無呼吸症候群になると睡眠中に呼吸が断続的に止まり、母体の血中酸素濃度が低下します。これが頻発すると胎盤への酸素供給が不安定になり、胎児の発育に影響が出る恐れがあります。

重度の睡眠時無呼吸症候群の妊婦さんでは、胎児の発育不全や早産のリスクが高まるとの指摘があります。

「単にうるさいだけでなく、息が止まっているかもしれない」と感じる場合は、母子ともに安全に出産を迎えるためにも早めの対策が大切です。

◆『睡眠時無呼吸症候群の基本知識』について>>

【参考情報】『妊娠31週。就寝中に息が止まることが。胎児に影響はあるでしょうか?』母子衛生研究会
https://www.mcfh.or.jp/netsoudan/article.php?id=1438

【参考情報】『Effect of snoring on pregnant women and fetal outcomes』B. Wang et al., 2024 (study on habitual snoring and fetal risk)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39196317/

3. 妊娠中でもできる安全ないびき対策


いびきが気になる妊婦さんでも、体に負担をかけずに行える対策があります。

ここでは自宅で取り組めるセルフケア(対処法)を紹介します。

3-1. 横向きで寝る習慣をつける

寝る姿勢を工夫するだけで、いびきがかなり軽減することがあります。

ポイントは仰向けを避け、横向きで寝ることです。仰向けは重力で舌や軟口蓋(なんこうがい)が喉の奥に落ち込みやすく、気道が狭くなるためいびきの最大の原因になります。

特に妊娠後期の方は、左側を下にした「左側臥位(シムス位に近い姿勢)」がおすすめです。大きな子宮が下側の大静脈を圧迫するのを避けられ、血液循環が良くなって胎盤への酸素供給が促進されます。

横向き寝は気道の確保にもつながり、いびきリスクを減らす効果が期待できます。横向きが辛い場合は、背中にクッションや抱き枕を当てて体を支えましょう。

寝返りで仰向けになってしまうのが心配な場合は、背中側に丸めた毛布を置いておくと、自然と横向き姿勢を保ちやすくなります。

3-2. 枕の高さ・寝具を調整する

枕の高さも重要です。

高すぎる枕は首が折れる姿勢になり気道を圧迫しますし、低すぎても血液が頭に集まり鼻づまりが悪化します。横向きに寝たときに顔と布団が平行になり、首と背骨が一直線になる高さが理想です。

最近は妊婦さん向けの体圧分散型の枕や、上半身を少し起こして寝られるウェッジクッションなども市販されています。

上半身をやや起こし気味にして寝ると、重力による気道の圧迫や鼻粘膜のむくみが軽減されるため、ベッドの頭側を少し高くしたり、大きめのクッションで背中を支えたりするのも効果的です。

3-3. 部屋の湿度を適切に保つ

就寝時の部屋の環境もいびきに影響します。

空気の乾燥は鼻や喉の粘膜を刺激し、鼻づまりを悪化させてしまいます。寝室の湿度は50〜60%を目安に保つようにしましょう。

エアコンで空気が乾きやすい季節は、加湿器を使ったり濡れタオルを部屋に干すなどして加湿すると効果的です。

湿度を保つことで鼻や喉の粘膜が潤い、空気の通りが良くなります。

◆『乾燥と呼吸器症状の関係について』について>>

【参考情報】『冬季における室内の加湿方法の検証』日本看護学会抄録集 看護総合
https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=200902236089150189

3-4. 鼻づまりを軽減する鼻のケア

寝る前のひと工夫で鼻の通りを良くし、いびきを防ぎましょう。

手軽なのは生理食塩水スプレー(ミスト)を使って鼻の中を湿らせる方法です。鼻腔(びくう)内を潤すことで粘り気のある鼻水が排出しやすくなり、鼻づまりの解消に役立ちます。蒸しタオルを鼻に当てて温めるのもおすすめです。

また、就寝前に鼻腔拡張テープを使うと、物理的に鼻孔(びこう)が広がって鼻呼吸がしやすくなります。

薬剤を使わないグッズなので妊娠中でも安心して利用できます。

【注意点:市販の点鼻薬について】
「鼻づまり用」として市販されている点鼻薬(血管収縮薬入り)の常用は避けてください。即効性はありますが、使い続けると逆に粘膜が腫れて症状が悪化する「薬剤性鼻炎」になる恐れがあります。

また、妊娠中の使用には注意が必要な成分が含まれる場合もあるため、薬を使用する際は必ず医師に相談してください。

4. 危険ないびきのサインと受診の目安


「単なるいびき」だと思っていたら、実は治療が必要な睡眠時無呼吸症候群だったというケースもあります。

どのような場合に医療機関を受診すべきか、注意すべき症状と診療科について解説します。

4-1. 注意が必要ないびきの症状

以下のような症状がみられる場合は、睡眠時無呼吸症候群(SAS)の可能性があります。

【こんな症状はありませんか?】
✓ 睡眠中に呼吸が止まっていると周囲から指摘された
✓ 自分の息苦しさで目が覚める
✓ いびきの音が非常に大きく、途中で「ガッ」と止まってから再開する
✓ 夜しっかり寝ているはずなのに、日中に強い眠気やだるさが続く
✓ 朝起きたときに頭痛がある
✓ 口の中がカラカラに乾いている
✓ 高血圧を指摘されている

これらは睡眠時無呼吸症候群の代表的なサインです。

特に妊娠してから眠気が異常に増したり、いびきが急激に悪化した場合は、ホルモンの影響だけでなく、睡眠時無呼吸症候群(SAS)を発症している可能性を疑う必要があります。

【参考情報】『睡眠時無呼吸症候群 / SAS』厚生労働省 e-ヘルスネット
https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/dictionary/heart/yk-026

4-2. 受診する診療科と治療について

妊娠中にいびきや無呼吸が心配になったら、まずはかかりつけの産婦人科医に相談してください。

必要に応じて、呼吸器内科や耳鼻咽喉科などの専門医を紹介してもらえます。専門の医療機関では、自宅で装置をつけて行う簡易検査など、妊娠中でも負担の少ない方法で診断が可能です。

診断の結果、治療が必要な睡眠時無呼吸症候群と判明した場合は、主にCPAP(シーパップ)療法が検討されます。

CPAPは就寝時に鼻マスクから空気を送り込み、気道を広げる装置で、薬を使わないため妊娠中でも安全に使用できます。

※マウスピースによる治療もありますが、妊娠中はつわりで装着が難しかったり、歯茎の状態が変化しやすいため、歯科医と相談の上で慎重に検討されます。

◆『呼吸器内科で扱う症状と受診をすすめる理由について』について>>

【参考情報】『Systematic Review on Sleep Disorders and Obstetric Outcomes』August et al., Sleep Medicine Reviews / article summarizing risks of sleep disorders including SDB in pregnancy
https://www.thieme-connect.com/products/ejournals/abstract/10.1055/s-0032-1324703

5.おわりに

妊娠後期にいびきが増えるのは、ホルモンバランスや体型の変化による一時的な現象である場合がほとんどです。

まずはご紹介した横向き寝や加湿、鼻づまり対策など、安全にできるセルフケアで様子を見てみましょう。これらの対策を行うことで睡眠の質が改善し、赤ちゃんへの不安も軽減できるはずです。

ただし、呼吸が止まるような強いいびきや、日中の強い眠気があるときは無理をせず、早めに医師に相談してください。

正しい知識と対策で、安心して出産を迎えられるよう願っております。