「慢性呼吸不全」とはどんな病気?

慢性呼吸不全は、長い年月にわたって肺の機能が低下し、からだに十分な酸素を取り込めない、または二酸化炭素を排出できない状態のことを言います。
さまざまな呼吸器疾患が原因となり、日常生活に大きな影響を与える可能性があります。適切な治療と管理により、症状の改善や生活の質の向上が可能です。
この記事では、慢性呼吸不全の特徴や症状、検査や治療についてご説明いたします。
1.慢性呼吸不全の特徴とは?
慢性呼吸不全は、長い期間にわたって進行する呼吸機能の低下を特徴とする病態です。肺が十分に機能せず、からだの中に必要な酸素を取り込むことや、二酸化炭素を排出することが困難になります。
通常、動脈血中の酸素分圧は約100mmHgですが、60mmHg以下になると「呼吸不全」と定義されます。また、呼吸不全は動脈血中の二酸化炭素分圧によって以下のように分類されます。
・I型呼吸不全:二酸化炭素分圧が正常(45mmHg以下)の場合。肺の酸素交換が主に障害されています。
・II型呼吸不全:二酸化炭素分圧が異常に高い(45mmHgを超える)場合。酸素の取り込みだけでなく二酸化炭素の排出も困難になっています。
これらの呼吸不全が1か月以上続くと、「慢性呼吸不全」と診断されます。
慢性呼吸不全の主な原因は肺疾患や心疾患にあり、代表的な疾患として慢性閉塞性肺疾患(COPD)、間質性肺炎、肺結核後遺症、肺がん、心不全などが挙げられます。
これらの疾患では、肺の構造が変化したり、炎症や損傷が起こることでガス交換の機能が低下し、酸素の取り込みや二酸化炭素の排出が困難になります。
例えば、COPDは主にタバコの喫煙が原因で気道が狭くなり、肺が正常に空気を吸い込んだり吐き出したりすることが難しくなる疾患です。
間質性肺炎は肺の間質と呼ばれる部分が硬くなり、酸素と二酸化炭素の交換が制限される疾患です。
さらに、結核治療後に残る肺の損傷や肺がんの腫瘍が肺の正常な働きを妨げることもあります。
また、神経筋疾患(例:筋萎縮性側索硬化症や筋ジストロフィー)や胸郭の変形なども、慢性呼吸不全を引き起こします。
これらの疾患では、呼吸に必要な筋肉の機能が低下したり、胸郭の動きが制限されたりすることで、十分な換気ができなくなります。
そして、慢性呼吸不全の特徴的な点は、進行が緩やかであることです。そのため、患者さんご自身が症状の悪化に気づきにくい場合があります。
症状は次章で詳しくご説明しますが、息切れや呼吸困難、慢性的な疲労感、朝方の頭痛、さらには集中力や記憶力の低下などが見られることがあります。
進行すると、酸素不足によって心臓や脳、筋肉にダメージを与えるほか、二酸化炭素が蓄積することで意識障害や倦怠感を引き起こします。
とくに注意すべきは、慢性呼吸不全が循環器系に及ぼす影響です。
長期間にわたる低酸素状態は、肺の血管が狭まり血圧が上がる肺高血圧症や、心臓の右側が肺に血液を送り出せなくなる右心不全を引き起こす可能性があります。
これらの合併症は患者さんの予後に大きな影響を及ぼすため、早期に適切な診断と治療を受けることが非常に重要です。
【参照文献】日本呼吸器学会『H-02 慢性呼吸不全』
https://www.jrs.or.jp/citizen/disease/h/h-02.html
2.慢性呼吸不全の症状について
前述にも記載したとおり、慢性呼吸不全の症状は徐々に進行するため、初期段階では気づきにくい場合があります。
一方で病状が進行するにつれて、以下のような症状が現れてきます。
まず、最も一般的な症状は息切れです。
初期の段階では、階段を上る時や坂道を歩く時など、少し激しい運動をした時にのみ息切れを感じるかもしれません。しかし、病状が進行すると、平地を歩くだけでも息切れを感じるようになります。
さらに重症化すると、着替えや食事など、日常生活の簡単な動作でも息切れを感じるようになります。
次に、慢性的な咳や痰の増加も慢性呼吸不全の症状のひとつです。
これらの症状は、肺の炎症や気道の過剰な分泌物によって引き起こされます。咳は、とくに朝方に多く見られることがあります。
また、疲労感や倦怠感も慢性呼吸不全の大きな症状です。体内の酸素不足により、筋肉や脳が十分なエネルギーを得られないため、常に疲れを感じやすくなります。
こうした変化が続くと、外出を控えるようになったり、好きだった趣味や活動を諦めざるを得なくなるなど、生活そのものに大きな影響が出てしまうことがあります。
また、睡眠障害も慢性呼吸不全の患者さんによく見られる症状です。夜間に呼吸が浅くなることで、酸素不足が悪化し、頻繁に目覚めてしまうことがあります。また、睡眠時無呼吸症候群を合併する場合も少なくありません。
慢性呼吸不全が進行すると、チアノーゼ(皮膚や粘膜が青紫色になる状態)が現れることがあります。これは、血液中の酸素濃度が著しく低下していることを示す重要な症状です。
さらに、慢性呼吸不全の患者さんは体重が減ったり、筋力が低下したりすることがあります。
これは、呼吸のために多くのエネルギーを消費することや、全身の慢性的な炎症状態が関係していると考えられています。
これらの症状は、個人によって、また、基礎疾患の種類や重症度によっても症状の現れ方が変わってきます。
3.慢性呼吸不全の診断・検査について
慢性呼吸不全の診断は、患者さんの症状や病歴、身体所見、各種検査結果を総合的に評価して行われます。ここからは、主な診断方法と検査についてご説明しましょう。
まず、医師は患者さんの症状や病歴について詳しく聞き取りを行います。
息切れの程度や、日常生活にどの程度影響があるかなどを確認します。また、喫煙歴や職業歴、既往歴なども重要な情報となります。
【既往歴・・・これまでかかった病気の記録のことです。現在の病気の診断や治療法の選択に重要な手掛かりとなります。『既往症』とも言います。】
次に、身体診察を行います。呼吸の様子や、胸の動き、聴診による呼吸音の確認などが行われます。
また、チアノーゼの有無や、ばち指(指先が太鼓のばちのように膨らむ症状)の確認も重要です。
これらの基本的な診察に加えて、以下のような検査が行われます。
・動脈血ガス分析
慢性呼吸不全の診断において最も重要な検査のひとつです。動脈から採取した血液中の酸素と二酸化炭素の濃度を測定します。
慢性呼吸不全では、通常、動脈血酸素分圧(PaO2)が60 mmHg以下、または動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)が45 mmHg以上の状態が1ヶ月以上続くことが診断基準となります。
・肺機能検査
スパイロメトリーという検査を用いて、肺活量や1秒量などを測定します。これにより、肺の換気能力や気道閉塞の程度を評価することができます。
・胸部X線検査
肺や心臓の状態を視覚的に確認することができます。肺の過膨張や肺気腫、肺線維症などの所見を確認します。
・胸部CT検査
X線検査よりも詳細に肺の状態を観察することができます。間質性肺炎や気管支拡張症、肺気腫などの診断に有用です。
・心電図検査
慢性呼吸不全に伴う心臓への影響を評価するために行います。右心負荷の所見などが見られることがあります。
・心エコー検査
心臓の構造や機能を評価します。肺高血圧症や右心不全の診断に役立ちます。
・6分間歩行試験
6分間歩行試験は、患者さんがどれくらいの運動を無理なくできるかを簡単に評価できる実用的な歩行テストです。
患者さんに6分間でできるだけ遠くまで歩いてもらい、その距離を測定します。
日常生活における運動能力の障害を評価することを目的としており、特に呼吸器疾患や循環器疾患の重症度を判断するために役立ちます。
また、患者さんに適した運動強度や歩行速度を決定する際の参考にもなり、酸素療法の必要性や適切な酸素濃度の判断にも使用されます。
さらに、リハビリテーション、薬物療法、手術などの治療効果を評価する手段としても用いられます。
試験は、30メートルの直線コースを往復する形で行われ、患者さんには普段より速めのペースで歩くよう指示されます。
ただし、途中で必要に応じて休憩することも許可されています。
試験中には酸素飽和度が測定され、歩行距離や息切れの程度なども記録されます。
・睡眠時無呼吸検査
夜間の呼吸状態を評価するために行います。慢性呼吸不全の患者さんでは、睡眠時無呼吸症候群を合併していることがあります。
以上のような検査結果を総合的に判断し、慢性呼吸不全の診断や重症度の評価が行われます。また、これらの検査は治療効果の判定や経過観察にも用いられます。
慢性呼吸不全の診断は、単に呼吸機能の低下を確認するだけでなく、原因となっている基礎疾患の特定や、全身への影響の評価も含めて行われます。そのため、場合によっては追加の検査が必要です。
【参照文献】日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌 2019年 第28巻 第 2 号 286- 290 『6 分間歩行試験について』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsrcr/28/2/28_286/_pdf
4.慢性呼吸不全の治療とは?
慢性呼吸不全の治療は、患者さんの症状や重症度、原因疾患に応じて患者さん一人ひとりの症状やからだの状態に合わせて考えられます。
治療の目的は、呼吸不全の症状を軽減し、生活の質(QOL)を向上させ、疾患の進行を抑えることにあります。ここからは、慢性呼吸不全の主な治療法についてご説明します。
・酸素療法
慢性呼吸不全の治療の中心となるのが酸素療法です。動脈血中の酸素濃度が低下した患者さんに酸素を補充することで、息切れの緩和、心臓への負担軽減、さらには体力の回復が期待できます。
とくに「在宅酸素療法(HOT)」は、自宅で酸素を吸入できる治療法として広く普及しています。
在宅酸素療法では、酸素濃縮器や液体酸素タンクを利用し、鼻に装着するカニューラを通じて酸素を供給します。
酸素濃縮器は空気中の酸素と窒素を分離し、純粋な酸素を患者さんに供給することが可能です。
液体酸素はより高濃度の酸素を供給できますが、現在は多くのケースで酸素濃縮器が使用されています。
また、外出時には携帯型酸素ボンベや軽量の携帯酸素濃縮器を利用することで、活動の自由度を高めることができます。
ただし、酸素療法を行う際は、医師の指示に従って適切な酸素流量を維持することが重要です。
過剰な酸素投与は、二酸化炭素ナルコーシス(CO2ナルコーシス)と呼ばれる危険な状態を引き起こす可能性があるため、注意が必要です。
【参考情報】ClevelandClinic “Oxygen Therapy”
https://my.clevelandclinic.org/health/treatments/23194-oxygen-therapy
・換気補助療法
動脈血中の二酸化炭素濃度が上昇する場合には、酸素療法だけでは不十分となり、呼吸補助のための「換気補助療法」が必要です。
従来、人工呼吸器は気管にチューブを挿入する方法が一般的でしたが、これは長期的な在宅療養には不向きでした。
近年では「非侵襲的陽圧換気(NPPV)」という方法が普及し、患者さんの負担が大きく軽減されています。
非侵襲的陽圧換気は、鼻や顔に装着する専用のマスクを通じて肺に空気を送り込む方法です。マスクと装置が密着することで、設定された圧力の空気が効率よく肺に送り込まれます。
この治療法は、気管切開を必要とせず在宅でも使用できるため、多くの患者さんにとって大きなメリットがあります。
とくに睡眠時無呼吸や夜間の呼吸困難が見られる患者さんに効果的であり、睡眠中の酸素化を改善することで日中の活動性も向上します。
・呼吸リハビリテーション
慢性呼吸不全の治療では、「呼吸リハビリテーション」と呼ばれる、患者さんの日常生活を支えるための取り組みも大切です。
呼吸法の指導、運動療法、栄養指導、肺理学療法など、さまざまな職種の医療スタッフが連携して患者さんをサポートします。
これにより、患者さんの呼吸機能を維持・向上させるとともに、日常生活での動作能力(ADL)や生活の質(QOL)の向上が期待できます。
運動療法では、患者さんの体力や病状に合わせた軽い運動を取り入れることで、全身の筋力を向上させ、呼吸を補助する筋肉の働きを強化します。
また、栄養指導では、必要なカロリーや栄養素を適切に摂取できるよう支援します。
とくに、体力を維持するために十分なエネルギーを確保することが重要であり、過度な体重減少を防ぐことが目標となります。
・その他の治療法
慢性呼吸不全の治療には、上記の方法以外にもさまざまなアプローチがあります。例えば、原因疾患の治療は非常に重要です。
気道の炎症や気管支の収縮が原因であれば、気管支拡張薬やステロイド薬を使用します。また、感染症を予防するために抗菌薬を投与することもあります。
さらに、慢性呼吸不全を悪化させる喫煙の習慣を断つことが不可欠です。禁煙指導を行うことで、呼吸器の状態が安定し、治療効果が向上します。
また、インフルエンザや肺炎球菌などのワクチン接種を受け、感染症から肺を守ることも推奨されます。
心理的なサポートも見逃せません。慢性呼吸不全の患者さんは、長期的な治療に伴う不安やストレスを抱えることが多いため、心理カウンセリングや患者会への参加が勧められる場合があります。
・手術療法
一部の患者さんでは、より高度な治療が必要となる場合があります。例えば、肺容量減少手術(LVRS)は、肺の機能を改善するために損傷した肺組織を取り除く手術です。
また、末期の場合には肺移植が検討されることもありますが、これには年齢や病状などの適応条件が限られ、慎重な判断が求められます。
これらは、慢性呼吸不全の症状を和らげ、患者さんがより快適な生活を送れるよう支援するために行われます。
在宅酸素療法や換気補助療法、呼吸リハビリテーションは、患者さんの状態に応じて組み合わせて実施されることが一般的です。
慢性呼吸不全の治療は単に病状を改善するだけでなく、患者さんが日常生活を楽しみ、自分らしい暮らしを取り戻すための大切な手段です。
たとえば、在宅酸素療法の進化により、外出が容易になることで、趣味や家族との時間を楽しむ機会が増えます。
また、呼吸リハビリテーションに取り組むことで、患者さんご自身が症状の管理方法を学び、日々の暮らしに自信を持てるようになることもあります。
長期的な通院や検査を通じて自分の病状を正しく把握し、必要に応じた治療の調整を受けることが健康の持続的な維持につながります。
5.おわりに
慢性呼吸不全は、長期にわたって進行する病態ですが、適切な治療と管理により症状の改善や生活の質の向上が可能です。
この病気と向き合うためには、患者さんご自身が病気を理解し積極的に治療に参加することが重要です。
また、慢性呼吸不全は、定期的な通院と医療スタッフとの連携が欠かせません。症状の変化や新たな問題が生じた場合は、速やかに医師に相談することが重要です。
当院では、在宅酸素が必要な慢性呼吸不全の患者さんは、高次医療機関へご紹介いたします。