肺血栓塞栓症とはどんな病気?

肺血栓塞栓症(PTE:はいけっせんそくせんしょう)は、血栓(血の塊)が肺の血管を詰まらせることで発症する病気です。
血栓は、下肢を中心に同じ姿勢が続くことで血管内にできやすくなります。
血栓が肺で詰まると、呼吸困難や胸の痛みなどを引き起こし、命に関わるケースもあるため、早期発見と早期治療が重要です。
肺血栓塞栓症は急性と慢性に分けられますが、この記事では「エコノミークラス症候群」とも呼ばれる急性の肺血栓塞栓症をメインに紹介します。
肺血栓塞栓症がどのような病気なのか、症状や診断、検査方法、治療法、予防法など、詳しく解説します。
車や飛行機に長時間乗る方や血栓ができやすい方、エコノミークラス症候群が心配な方は、ぜひ参考にしてください。
1.肺血栓塞栓症について
肺血栓塞栓症は、血栓(血の塊)が肺の血管に詰まることによって起こる病気です。「エコノミークラス症候群」とも呼ばれています。
この血栓は、主に足の奥にある静脈(深部静脈)や骨盤内で形成され、「深部静脈血栓症(DVT:しんぶじょうみゃくけっせんしょう)」と呼ばれる状態です。
深部静脈血栓症は、長時間座った姿勢が続いたり、安静状態が続いたりすることで静脈内の血液が固まりやすくなり、血栓が形成されます。
たとえば、飛行機や車での長距離移動中や、入院や手術後の安静時、さらには災害時の車中泊など、血栓が形成されやすい状況です。
足で形成された血栓が血流に乗って肺に運ばれ、肺の血管を塞ぐことで肺血栓塞栓症が発症します。
肺血栓塞栓症は、急性と慢性の2つに分けられます。
<急性肺血栓塞栓症>
●特徴
・血栓により肺動脈を閉塞することで呼吸循環障害が生じた状態
・心停止や突然死のリスクがある。
・エコノミークラス症候群と呼ばれる
●症状
・呼吸困難
・胸痛
・失神
<慢性肺血栓塞栓症>
●特徴
・器質化した血栓により肺動脈が閉塞した状態
・肺動脈の血圧が異常に上昇し「慢性血栓塞栓性肺高血圧 症(CTEPH)」を起こす
・難治性呼吸器疾患(指定難病)に認定されている
●症状
・労作時の呼吸困難
・疲れやすい
・動悸
・胸痛
・失神
血栓が詰まった状態が続くと、血液が肺に十分に流れなくなり、肺や心臓で酸素不足が生じます。
放っておくと命に関わる重大な症状を引き起こすため、早期の対応が必要です。
肺血栓塞栓症と深部静脈血栓症は一連の病態であるため、総称して「静脈血栓塞栓症(VTE)」と呼ばれます。
【深部静脈血栓症(DVT)の症状と関連性】
肺血栓塞栓症の原因となる血栓は、多くの場合、足の奥深い静脈に形成された深部静脈血栓症(DVT)によるものです。
足の静脈に血栓ができた状態を放置すると、その血栓が足の静脈からちぎれて、肺に移動して肺血栓塞栓症の原因となります。そのため、深部静脈血栓症に関連する症状にも注意が必要です。
深部静脈血栓症の症状は以下のようなものがあらわれます。
・足の腫れ
・足の痛みや圧痛
・足の皮膚の変色
これらの症状がある場合、深部静脈血栓症の可能性が考えられます。深部静脈血栓症が進行し、血栓が肺に到達すると命に関わります。
血栓が肺に移動する前に早めに医療機関を受診することがポイントです。
【参考情報】『肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドライン(2017年改訂版)』日本循環器学会・合同研究班参加学会
https://js-phlebology.jp/wp/wp-content/uploads/2020/08/JCS2017.pdf
【参考情報】Mayo Clinic “Pulmonary embolism”
https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/pulmonary-embolism/symptoms-causes/syc-20354647
2.肺血栓塞栓症の症状とは?
肺血栓塞栓症を発症すると、以下のような症状があらわれます。
・呼吸困難
・胸痛
・頻脈
・失神
・めまい
肺血栓塞栓症の最も一般的な症状は「呼吸困難」や「息苦しさ」です。
急に呼吸が苦しくなったり、深呼吸ができなくなったりすることが多く、通常の息切れとは異なる強い違和感を伴います。
胸の痛みも肺血栓塞栓症の典型的な症状のひとつです。
特に、息を吸ったり咳をしたりすると胸に鋭い痛みを感じることが多く、呼吸に合わせて痛みが増すのが特徴です。
肺血栓塞栓症では、血栓が血流を遮断し酸素が全身に十分行き渡らなくなり、心臓がより多くの血液を送り出そうとするため、心拍数が上昇して頻脈が起こります。
血栓が大きな血管に詰まった場合には必要な酸素が十分に取り込めず、失神する可能性があります。
失神やふらつきは、肺血栓塞栓症の中でも緊急を要する危険な状態です。
典型的な症状以外にも、咳や血痰、疲労感、倦怠感などの症状があらわれるケースもあります。
このように、肺血栓塞栓症では血栓の大きさや詰まりの程度、詰まった場所によって、あらわれる症状はさまざまです。
肺血栓塞栓症は、発症すると進行が早いのが特徴です。
場合によっては命に関わることがあるため、早い段階で症状を把握し、異変を感じたら早めに医療機関の受診をしましょう。
3.肺血栓塞栓症の診断・検査について
肺血栓塞栓症は、症状が急速に進行するケースが多いため、早期の診断と治療が必要です。
以下に、肺血栓塞栓症の診断と検査について詳しく解説します。
【肺血栓塞栓症の診断】
まず診察をおこない患者の症状や状態、リスク要因を確認します。
肺血栓塞栓症では、急な息切れ、胸の痛み、動悸、失神といった症状があらわれることが多く、特に呼吸困難や胸の痛みが典型的です。
こうした症状が突然あらわれた場合、肺血栓塞栓症を疑い、詳しい検査が必要です。
診察の結果を総合して、肺血栓塞栓症の診断をおこないます。
【肺血栓塞栓症の検査】
肺血栓塞栓症が疑われる場合、以下のような検査をおこないます。
・血液検査検査(Dダイマー・動脈血ガス分析)
・胸部CT検査
・心電図と心エコー
それぞれ、どのような検査なのか解説します。
―血液検査―
血液検査では、Dダイマーと動脈血ガス分析をみます。
Dダイマーとは、血栓が分解される際に血液中に放出される物質です。
通常、血栓が形成されていない場合にはDダイマーの値は低いですが、体内に血栓が存在する場合は値が高くなることがあります。
動脈血ガス分析は、動脈血を採取し、肺機能がどの程度影響を受けているかを確認するための検査です。
肺血栓塞栓症では、血流が遮断されることで酸素がうまく全身に送られず、酸素濃度が低下します。
酸素濃度が著しく低下している場合は、肺血栓塞栓症が進行している可能性が考えられ、早急な対応が必要です。
―胸部造影CT検査―
胸部造影CT検査は、造影剤を血管内に注入することで、血管がはっきり映し出され、血栓の有無やその位置、範囲を詳しく確認できます。
胸部CTは短時間で高精度な画像が得られるため、肺血栓塞栓症の確定診断や治療方針の決定に非常に有効です。
―心電図と心エコー検査―
心電図と心エコーでは、心臓の動きや機能の状態を確認します。
肺血栓塞栓症が進行すると、肺から血液を送り出す心臓の右側に負担がかかるため、心臓が正常に機能しているか確認することが重要です。
右心室が拡大している場合は肺血栓塞栓症が進行していることを示しています。
そのほかにも、足の静脈をエコーで調べ血栓の有無を確認したり、他の病気と区別するための検査をしたりします。
4.肺血栓塞栓症の治療について
肺血栓塞栓症の治療は、以下のような方法でおこなわれます。
・抗凝固療法
・血栓溶解療法
・カテーテル治療と外科的手術
それぞれの治療法を解説します。
【抗凝固療法】
肺血栓塞栓症では主に抗凝固療法で治療をおこないます。
これは、血液を固まりにくくし、新たな血栓ができるのを防ぐための治療法です。
抗凝固療法に使用される薬として代表的なものは、ヘパリンやワルファリン、そして比較的新しい薬の直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)があります。
―ヘパリン―
主に入院中の急性期に使われる薬で、注射や点滴で投与されます。
即効性があり、血栓ができるのを早急に防ぎます。血液を固まらせる性質を低下させるため、出血しやすく出血すると止まりにくい特徴があります。
―ワルファリン―
ワルファリンは、長期治療に使われる薬です。
ワルファリンは服用後の効果があらわれるまでに時間がかかるため、早く効果を得たい場合にはヘパリンと併用して開始することが多いです。
ワルファリンは血液検査で効果を確認しながら慎重に投与量を調整する必要があります。
また、ワルファリンはビタミンKと拮抗するため、ワルファリンの効果が弱くなってしまいます。
ビタミンKが多く含まれる納豆やクロレラ、青汁は避けるようにしましょう。
また、抹茶やパセリ、ほうれん草、アシタバもビタミンKが多く含まれています。これらは避ける必要はありませんが、注意が必要です。
―直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)―
直接作用型経口抗凝固薬は、ワルファリンに比べて血液検査の必要が少なく飲みやすい薬です。
近年の治療でよく使用されるようになっており、以前は新規経口抗凝固薬とも呼ばれていました。
・エドキサバン
・アピキサバン
・ダビガトラン
・リバーロキサバン
日本では、現在上記の4種類の薬剤が使用できます。
ワルファリンとの違いとして、直接作用型経口抗凝固薬は食事制限が不要で、固定用量で安定した効果が期待できます。
また、速やかな効果発現が期待でき、抗凝固効果のコントロールがしやすい薬です。
ただし、十分な効果を得るためには飲み忘れがないよう、注意が必要です。
【血栓溶解療法】
肺血栓塞栓症の症状が重い場合や急性期においては、血栓溶解療法がおこなわれます。
これは、血栓を直接溶かす薬を投与し、詰まった血管を速やかに開通させる治療法です。
血栓溶解療法に使われる薬は、血栓を溶かす作用のあるウロキナーゼやアルテプラーゼなどが使用されます。
血栓溶解療法は、出血のリスクが高いため、慎重に判断しておこなう必要がある治療法です。
特に出血傾向がある人や、高齢の方には適用が難しい場合もあるため、他の治療法と比較しながら実施します。
【カテーテル治療と外科的手術】
抗凝固療法や血栓溶解療法が十分な効果を発揮しない場合、または血栓が非常に大きく、命に関わる場合には、カテーテル治療や外科的手術がおこなわれます。
カテーテル治療は、細いチューブ(カテーテル)を血管内に挿入し、直接血栓を溶かす薬剤を注入したり、物理的に血栓を取り除いたりする方法です。
外科的な血栓除去手術は、肺動脈の中にある大きな血栓を外科的に取り除く方法です。
血栓が大きく、他の治療法では改善が見込めない場合に限られており、開胸手術が必要となるため、リスクが高くなります。
血栓の治療は、急性期を乗り越えた後も続くことが多く、再発予防が重要です。
抗凝固療法は長期に渡っておこなわれ、治療期間中は定期的に医師の診察を受けて、薬の効果や副作用を確認します。
抗凝固薬の服用中は、出血リスクが高まるため、特にけがに注意し、体調の変化をこまめに医師に伝えることが重要です。
【参考情報】『急性肺血栓塞栓症の最新の治療はどのように行われていますか?』日本心臓財団HEART’s Selection(Vol . 49 No . 10、2017)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/shinzo/49/10/49_1006/_pdf/-char/ja
5.肺血栓塞栓症の予防法とは?
肺血栓塞栓症は予防することが可能です。
以下のような対策をおこない、血栓を作らないようにしましょう。
・こまめに体を動かす
・長時間の同じ姿勢を避ける
・水分補給
・弾性ストッキングの着用
同じ姿勢は長時間とらず、定期的に足を動かすことが大切です。
特に飛行機や車などの長距離移動では、1〜2時間ごとに足首を回したり、軽く足を伸ばしたりすることで血流を促進します。
また、水分をしっかり摂取することで血液の流れが良くなり、血栓予防に効果的です。
血流を改善するために、医師の指導のもとで弾性ストッキングを着用することもいいでしょう。
肺血栓塞栓症は再発のリスクが高いため、急性期の治療後も予防を心がけ、定期的に検査を受けることが重要です。
再発予防のための治療や生活習慣改善を意識しましょう。
【参考情報】『肺血栓塞栓症の予防法』日本医療安全調査機構
https://www.medsafe.or.jp/uploads/uploads/files/teigen-02setumei.pdf
6.おわりに
肺血栓塞栓症は、血栓が肺の血管に詰まることで発症する深刻な病気です。症状が突然あらわれ、進行が速いため、早期の診断・治療が重要です。
患者の状態や症状に応じて治療方法が選択されますが、不安や疑問点は医師に相談し、安心して治療を受けるようにしましょう。
また、治療の継続と再発予防は大切です。血栓のリスクが高い方は、日常生活において適切な予防策を意識して取り入れていきましょう。
気になる症状がある方は、早めに呼吸器内科や循環器内科を受診しましょう。
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