咳で肋骨が痛いのはなぜ?呼吸器内科の受診目安

部活のハードな練習や試合の後、「咳が止まらないし、胸(あばら)も痛い…」と感じたことはありませんか?

若いスポーツ選手の場合、この痛みを単なる筋肉痛だと考えてしまいがちです。しかし実は、激しい咳によって肋骨まわりの筋肉や骨にダメージが生じている可能性があります。

咳が長引いて肋骨の痛みが続く場合、それを放置するのは危険です。体への負担が蓄積すると思わぬ合併症(肋骨へのヒビ等)につながることもあります。

この記事では、運動後に起こる咳と胸の痛みの違い、咳による筋肉・骨への影響、そして症状が続くときにどの診療科に相談すべきかについて、分かりやすく解説します。

1. 運動後に起こる咳と胸の痛み – その違いとは


激しい運動をした後に咳込みが起こることがあります。

これは「運動誘発喘息」といって、運動中や運動後に一時的に気道が狭くなり咳などの症状が出る状態です。

特に冬場のランニングなどでは、冷たく乾燥した空気を急激に吸い込むことで気道が刺激され、運動中に咳が出ることがあります。

また、風邪やウイルス感染症の治りかけに運動を再開すると、気道に残った炎症の影響で咳が長引くこともあります。このように、運動後の咳には気道過敏性喘息など呼吸器の要因が関係している場合があります。

一方、運動後の胸の痛みと言われると、多くの人は筋肉痛を思い浮かべるでしょう。

確かに、激しい運動では胸や腹部の筋肉も使われるため、翌日にかけて筋肉痛になることがあります。

しかし、咳による痛みはこれとは少し異なります。

咳をするときには、普段あまり使わない肋骨の間の筋肉(肋間筋)や腹筋までも酷使されます。そのため、繰り返しの咳でこれらの筋肉に疲労が蓄積し、筋繊維が傷ついて炎症が起こることで筋肉痛のような痛みを感じることがあります。

この痛みは体をひねったり深呼吸をしたりといった動作で強まり、安静にしていると軽くなるのが特徴です。

単なる運動による筋肉痛であれば、呼吸や咳で鋭い痛みが走ることはあまりありません。しかし、咳が原因の場合は咳や息を大きく吸い込んだ際に肋骨周辺に痛みが出る点で違いがあります。

つまり、運動後に咳が長引き、そのたびに肋骨周りが痛むような場合、それは単なる筋肉痛ではなく咳が原因の痛みと考えられます。

次の章では、咳によって筋肉や骨にどのような負担がかかるのかを詳しく見てみましょう。

◆『注意が必要!喘息と運動のおはなし』>>

【参考情報】『運動誘発ぜん息』環境再生保全機構
https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/basic/adult/knowledge/exercise.html

【参考文献】“Exercising with Asthma” by Veterans Health Library (U.S. Department of Veterans Affairs)
https://www.veteranshealthlibrary.va.gov/Encyclopedia/142%2C82935_VA

2. 咳による筋肉・肋骨への負担と肋間筋炎


一度の咳でも実は体には大きな力がかかっています。

咳をする際、人は肺から空気を一気に押し出すために、胸郭や腹部の筋肉(肋間筋や横隔膜、腹直筋など)を瞬間的に強く収縮させます。強い咳が反復すると、胸郭の筋肉に疲労が蓄積し、筋線維の小さな損傷と炎症が起こります。

その結果、生じるのが肋間筋炎(肋間筋の炎症)や肋間筋の筋肉痛です。

【肋間筋とは…肋骨と肋骨の間にある呼吸に関わる筋肉で、咳や深呼吸のときに使われます】

肋間筋炎になると、肋骨と肋骨の間にある筋肉が腫れて痛みを感じます。

症状としては、咳やくしゃみ、深呼吸などで胸の側面に鋭い痛みが走ります。また、痛む部分を指で押すと広い範囲で圧痛(押すと痛みを感じる状態)があります。

先述のように、安静にしていれば痛みが和らぐのも肋間筋炎の特徴です。筋肉の炎症による痛みは、基本的には咳が落ち着き筋肉の損傷が修復されれば徐々に改善していきます。

しかし、咳が長引いて筋肉への負担が続く場合、痛みがなかなか引かないこともあります。

さらに注意すべきは、激しい咳が続くことで筋肉だけでなく肋骨そのものにも負荷がかかり、思わぬ骨の損傷につながる可能性があることです。この点について、次の章で詳しく説明します。

◆『あばら骨が痛い。激しい咳が続くときはどうする?』>>

【参考文献】“Asthma” by MedlinePlus, U.S. National Library of Medicine
https://medlineplus.gov/asthma.html

3. 若い人にも起こりうる肋骨の疲労骨折


咳による肋骨への強い負荷が長期間続くと、肋骨の疲労骨折を引き起こすことがあります。

通常、骨折というと転倒や衝突などの一度の大きな衝撃で起こるものを想像しますが、疲労骨折とは小さな負荷が何度も繰り返しかかることで少しずつ骨にヒビが入るタイプの骨折です。

スポーツ選手でも、ランニングのような反復動作で足の骨に疲労骨折が起こることがありますが、激しい咳もそれと同じように内側からの反復ストレスによって肋骨にダメージを与えます。

日本整形外傷学会の資料によれば、「咳で骨折することもあります」と明記されています。つまり、咳は一回一回は小さな力でも、それが何百回と重なることで肋骨に微細な亀裂が生じる可能性があるのです。

若い人の肋骨は丈夫なので、咳で骨にヒビが入るのは高齢者に比べれば頻度は低いでしょう。それでも、例えば百日咳や重い気管支炎などで何週間も激しい咳が続くケースでは、実際に肋骨の疲労骨折が生じた報告もあります(百日咳では激しい咳で肋骨周りの筋肉痛や頭痛を伴うこともあります)。

特に骨密度の低い中高年女性ではリスクが高まるとされていますが、成長期の学生や若い成人でもゼロではないことに注意が必要です。

肋骨の疲労骨折が起こると、その痛みの現れ方は筋肉痛とは明確に異なります。笑ったり深呼吸をしたり、体をひねったりすると鋭い痛みが走るのが特徴で、筋肉痛とは違い痛みが日ごとに増していく傾向があります。

また、咳やくしゃみをした瞬間に「ズキン」と電気が走るような激痛を感じることが多いのも疲労骨折の痛みの特徴です。肋骨を指で押してみて、一点だけ強い痛み(局所的な圧痛点)がある場合も、骨にヒビが入っている可能性を示唆します。

疲労骨折によるヒビは非常に小さいとレントゲン検査では映らないこともあります。そのため、「咳をすると胸が激しく痛むがレントゲンでは異常なし」と言われても、安心はできません。

痛みが強い場合には数日後に再度レントゲンを撮ったり、より詳細なCT検査で確認したりすることもあります。

激しい咳による肋骨の疲労骨折は頻度こそ高くありませんが、「咳をするたびに胸や脇腹が鋭く痛む」「押すと一点だけズキッと痛む場所がある」という場合にはこの可能性を考える必要があります。そのような症状があるときは、早めに医療機関を受診して適切な診断を受けることが大切です。

◆『百日咳の症状・検査・治療について』>>

【参考情報】『骨折の解説 肋骨骨折』日本骨折治療学会
https://www.jsfr.jp/ippan/condition/ip09.html

【参考文献】“When chest pain isn’t a heart attack” by Michigan Medicine (University of Michigan)
https://medschool.umich.edu/health-lab/when-chest-pain-isnt-heart-attack

4. 咳が長引くときは何科に行く?整形外科と呼吸器内科の役割分担


運動後の胸や肋骨の痛みは「骨・筋の問題」に見えますが、背景にがある場合は、咳の原因評価と骨・筋の損傷評価を並行して考える必要があります。

基本は、骨折など骨そのものは整形外科、咳や気道の炎症など原因疾患は呼吸器内科が担当します。症状に応じて相互に紹介・併診します。

4-1. 呼吸器内科が担うこと(咳の「原因」を特定・治療)

呼吸器内科では、長引く咳や運動で悪化する咳について、原因を多角的に評価します。咳をコントロールすることで胸郭への負担を減らし、肋間筋炎や肋骨へのストレス軽減につなげます。

・問診・診察:
発症時期、運動との関係、夜間・早朝の増悪、ゼーゼー(喘鳴)の有無、感染後かどうかを確認します。

・検査:
胸部X線(必要時)や呼吸機能検査(スパイロメトリー:息を強く吐いて肺の働きをみる検査)、呼気一酸化窒素検査(FeNO:息に含まれる一酸化窒素の量を測り、気道の炎症を調べる検査)、血液検査などを行います。

・診断:
咳喘息・運動誘発喘息、感染後咳嗽、気管支炎、後鼻漏などを総合的に見分けます。

・治療:
原因に応じて**吸入薬(吸入ステロイドや気管支拡張薬)**を用い、必要に応じて抗菌薬を適正に使用します。加湿や冷気回避など生活環境の調整も提案します。

・連携:
局所の強い圧痛や動作時の鋭い痛みが続き、骨損傷が疑われる場合は整形外科での画像評価を依頼します。

◆『呼吸器内科で扱う症状と受診をすすめる理由について』>>

◆『呼吸器内科で行う検査の種類と目的を紹介します』>>

4-2. 整形外科が担うこと(骨・筋の「損傷」を評価・治療)

整形外科では、骨折や筋・腱の損傷の有無を評価し、痛みに対する治療を行います。

・画像:肋骨撮影を含むレントゲンや、必要に応じてCTで微小なヒビ(疲労骨折)を確認します。

・診断:肋骨の疲労骨折、肋軟骨炎、肋間筋損傷の有無を見極めます。

・治療:鎮痛薬の処方、固定帯や安静の指導、運動復帰までの目安を助言します。

・連携:咳が続いて骨への再負荷が見込まれる場合は、呼吸器内科での原因治療を提案します。

4-3. どちらを先に受診するかの目安

整形外科が先の目安
・外傷や強打があるときは、整形外科を先に受診してください。

・一点だけ強い圧痛があるときも、整形外科を先に受診してください。

・深呼吸・くしゃみ・笑い・体幹のひねりで鋭い局所痛が増強する場合も、整形外科が先です。

・変形や著明な内出血がある、あるいは呼吸が浅くなるほど強い痛みがあるときも、整形外科を優先してください。

呼吸器内科が先の目安
咳が2週間以上続くときは、呼吸器内科を先に受診してください。

・運動や冷たい空気で咳が悪化する、夜間・早朝に咳が強い、風邪後に咳だけ残る場合も、呼吸器内科が先です。

・市販薬で改善しない咳に胸の痛みが随伴するときも、呼吸器内科を先に受診してください。

※判断に迷う場合は、どちらを受診しても構いません。診察内容に応じて相互に紹介を行います。

【参考情報】『からせき(たんのないせき)が3週間以上続きます。』日本呼吸器学会
https://www.jrs.or.jp/citizen/faq/q01.html

◆『咳が止まらない場合に考えられる病気と検査・治療・予防について』>>

5. 咳と肋骨の痛みへの対処法と予防


つらい咳と胸の痛みを和らげるには、以下のような対処法があります。

・安静にする:
無理に部活や運動を続けず、痛みがあるときはしっかり休みましょう。咳で肋骨に痛みがある場合、横向きに寝るときは痛くない側を下にする、咳が出るときは手で胸を抑えて衝撃を和らげる、など姿勢を工夫すると楽になります。

・痛む部分を温める:
肋骨周りの筋肉の緊張を和らげるには、蒸しタオルやカイロで患部を適度に温めると効果的です。ぬるめのお風呂にゆっくり浸かって血行を促すのもよいでしょう。痛みが強い場合は、市販の消炎鎮痛成分入りの湿布薬を貼ると一時的に和らぐこともあります。ただし、湿布で痛みが紛れても咳そのものが治まらない限り根本的な解決にはなりません。あくまで一時的な対処と考え、咳が続く場合は原因治療が必要です。

・水分補給と環境調整:
空気の乾燥は咳を悪化させます。室内では加湿器を使うか濡れタオルを干すなどして適度な湿度を保ちましょう。また、こまめに水分補給をして喉や気道の粘膜を潤すことも大切です。喉が潤えば咳による刺激が和らぎ、結果的に肋骨への負担軽減につながります。

・咳の予防策:
運動誘発性の咳対策としては、運動前にしっかりウォーミングアップを行い、寒い日はマスクやネックウォーマーで冷たい空気を直接吸い込まないようにすることが有効です。普段から気管支拡張薬や吸入ステロイド薬を処方されている喘息の方は、運動前に医師の指示通り薬を使用しておくと発作を予防できます。適度な運動を継続して体力をつけることも、長期的には発作予防に役立ちます。

以上のような対処法を試みても症状が改善しない場合や、そもそも咳が止まらない状態であれば、やはり医療機関での診察が必要です。

咳と痛みで夜眠れない、息苦しさがある、高熱を伴うなどの症状があるときは早めに受診しましょう。痛みや咳を無理に我慢するより、専門医の適切な治療で早期に改善を目指すことが大切です。

6. まとめ

激しい運動後に咳が長引き、肋骨周りに痛みを感じる場合、それは単なる筋肉痛ではなく咳による肋間筋や肋骨への負担が原因かもしれません。

咳の繰り返しで筋肉が炎症を起こしたり、稀に肋骨にヒビが入る可能性もあります。症状を放置せず、早めに呼吸器内科で原因を確かめて適切な治療を受けることが大切です。つらい咳と痛みは我慢せず、専門医に相談して早期改善を目指しましょう。

本記事は一般的な医療情報の提供を目的としています。症状には個人差があり、自己判断は危険な場合があります。体調に不安があるときは医療機関にご相談ください。胸痛や呼吸困難、血痰、高熱を伴うときは早めの受診を検討してください。