「放射線肺臓炎」とはどんな病気?

放射線肺臓炎は、がん治療で行われる放射線療法の副作用として起こる肺の炎症反応です。
主に胸部周辺のがん治療で発症し、治療後1〜6か月程度で症状が現れることが多いです。
咳や息切れなどの症状が特徴的で、軽症であれば自然に回復することもありますが、重症化すると永続的な肺障害を引き起こす可能性があります。
早期発見と適切な治療が重要な疾患です。この記事では、放射線肺臓炎の特徴と症状、診断の検査、治療についてご説明いたします。
1.放射線肺臓炎の特徴について
放射線肺臓炎は、がん治療における放射線療法の副作用として発生する肺の炎症反応です。
放射線治療などで使われる高いエネルギーの放射線が肺に当たることで、肺の組織が傷つき炎症を起こしてしまうことが原因とされています。
放射線治療を受けた方のなかで、一定の割合で発症することが知られています。とくに、肺がん、乳がん、食道がんなど、胸部周辺のがんに対する放射線治療を受けた方に多く見られます。
放射線肺臓炎が起こる原因には、さまざまな要素が関係しています。治療で使われる放射線の種類や量、照射される範囲といった治療そのものに関わることだけでなく、個人の体質やもともと肺の疾患があるかどうかといった状態も影響を与えるのです。
放射線肺臓炎の特徴として、放射線治療終了後、一定期間を経てから症状が現れることが挙げられます。通常、治療終了後1〜6か月程度で症状が出ますが、個人差も大きいです。
放射線肺臓炎の症状は、急性期と慢性期に分けられます。
急性期は主に炎症反応が中心で、慢性期になると肺の線維化(肺の組織が傷ついたあとに正常な組織が硬くなり、弾力性を失う状態)が進行していきます。線維化が進むと、肺の機能が低下し、呼吸困難などの症状が長期化する可能性があります。
また、放射線治療前からすでに肺機能が低下している方や、喫煙歴のある方は、放射線肺臓炎が重症化するリスクが高いとされています。
そのため、このようなリスクを持つ方は、より慎重な経過観察が必要です。
放射線肺臓炎は、適切な治療を受ければ多くの場合で症状の改善が見られます。
ただし、重症化すると肺が線維化し、永続的な障害が残ることもあるため、早期に症状を見つけて適切な治療を始めることがとても重要です。
放射線治療を受ける方は体調の変化に注意を払いながら、異常を感じた際には早めに対処できるよう準備しておくことが大切です。
【参照文献】日本呼吸器学会『放射線肺臓炎』
https://www.jrs.or.jp/file/disease_d02.pdf
2.放射線肺臓炎の症状とは?
放射線肺臓炎の症状は、多くの場合、放射線治療が終了してから1〜6か月程度経過したあとに現れます。この期間には個人差があり、すぐに症状が出る方もいれば、数か月以上経過してから気づく場合もあります。
症状の種類や重さも人それぞれで、軽い息切れや咳といった軽度のものから、呼吸困難や胸痛を伴う重度のものまでさまざまです。
主な症状としては、以下のようなものが挙げられます。
1. 咳(空咳が多い)
2. 息切れや呼吸困難
3. 発熱
4. 胸痛
5. 全身倦怠感
これらの症状のなかでも、とくに咳と息切れは放射線肺臓炎の特徴的な症状です。
咳は通常、乾いた咳(空咳)が続くことが多く、痰を伴わないのが特徴です。息切れは、最初は軽い運動時にのみ感じられる程度ですが、症状が進行すると安静時にも感じられるようになることがあります。
発熱は比較的軽度から中等度のことが多く、38度前後の熱が続く場合があります。胸痛は、とくに深呼吸や咳をしたときに感じやすいのが特徴です。
全身倦怠感は、炎症による体力の消耗や、肺の機能が低下することで酸素の供給が十分に行われなくなることが原因と考えられています。
ただし、これらの症状は、通常の風邪やほかの呼吸器疾患でも見られるものです。
そのため、放射線治療を受けた方が上記のような症状を感じた場合でも、すぐに「放射線肺臓炎だ」と断定することはできません。
しかし、放射線治療後にこれらの症状が現れた場合は、放射線肺臓炎である可能性を念頭に置き、できるだけ早く担当医に相談することが非常に重要です。早期の診断と対応により、症状の進行を防ぎ、適切な治療を受けることができます。
また、症状の現れ方や重さには個人差があり、軽い場合には自然に改善することもありますが、重症化すると肺が線維化するなど、長期的な肺機能障害につながる可能性もあります。
とくに、以下のような方は症状が重症化するリスクが高いとされています。
・高齢の方
・喫煙歴のある方
・既存の肺疾患(慢性閉塞性肺疾患など)がある方
・放射線治療の照射量が多かった方
これらのリスク因子を持つ方は、症状に対してとくに注意を払い、早めに医療機関を受診することが重要です。
また、放射線肺臓炎の症状は、放射線治療を行った部位によって異なる場合があります。たとえば、肺の上部に放射線を照射した場合と、下部に照射した場合では、現れる症状が異なります。この違いは、放射線が影響を与えた肺の部位や周囲の組織の特性によるものです。
さらに、放射線肺臓炎の症状は時間の経過とともに変化することがあり、急性期の症状が治まったあとでも、慢性期に入ると肺の線維化が進行し、最終的には長期的な呼吸機能の低下につながる可能性があります。
そのため、放射線治療を受けた方は、治療終了後も体調の変化に常に注意を払い、少しでも気になる症状があればためらわずに医療機関へ相談することが大切です。
3.放射線肺臓炎の診断・検査について
放射線肺臓炎の診断は、患者さんの症状、放射線治療の履歴、各種検査結果を総合的に評価して行われます。診断の過程は複数の段階から成り立っており、それぞれの段階が重要な役割を担っています。
まず、診断の第一歩として詳細な病歴聴取が行われます。医師は以下のような点に注目して問診を行います。
・放射線治療の詳細(治療部位、照射された放射線量、治療期間、治療終了からの経過時間など。)
・症状が現れた時期と進行状況(症状がいつから始まり、どのように変化してきたか。)
・既往歴(とくに肺疾患の有無(慢性閉塞性肺疾患や間質性肺炎など)は、リスク評価の重要。)
・喫煙歴
これらの情報は、放射線肺臓炎の可能性を評価しほかの病気との鑑別を行ううえで非常に重要です。
次に、身体診察が行われます。これらの所見は、肺の炎症や機能低下の程度を推測するための手がかりとなります。医師は以下のような点に注意しながら診察を進めます。
・呼吸音
聴診器を使って呼吸音を確認します。放射線肺臓炎では、「捻髪音(ネンパツオン)」と呼ばれる特徴的な音が聞かれることがあります。これは、炎症や線維化による肺組織の変化が原因です。
【捻髪音・・・肺を聴診したときに聞こえる異常な呼吸音のうち、高音で細かな断続音を指す。吸気の後半に出現し、「パチパチ」、「バリバリ」、「ベリベリ」と表現されることが多い。】
・呼吸数の増加
呼吸が速くなる(頻呼吸)は、肺の機能低下や酸素不足を示す兆候のひとつです。
・チアノーゼ
酸素不足により皮膚や粘膜が青紫色になる症状です。とくに唇や指先で確認されることが多いです。
・発熱の有無
炎症の一環として、発熱が見られる場合があります。発熱の程度や持続期間は診断の参考になります。
これらの身体所見は、肺の炎症や機能低下の程度を推測する手がかりとなります。
診断では、診察に続いて画像診断が行われます。画像診断は診断の中心的な役割を果たします。また、必要に応じて肺機能検査や生検が補助的に用いられます。
ここからは、具体的な診断プロセスをご説明しましょう。
<画像診断>
画像診断では、まず胸部X線検査が用いられます。胸部X線検査は比較的簡便に行える検査で、肺の異常の有無を確認します。ただし、初期の段階では異常が明確に現れないこともあります。
1. 高分解能CT(HRCT)
放射線肺臓炎の診断において非常に有用な検査です。治療を受けた部位と同じところに、「すりガラス状陰影」や「浸潤影」が見られることが特徴的です。これらの所見は放射線治療の影響による炎症や組織変化を反映しています。
2. PET-CT
必要に応じて行われ、炎症や悪性病変(がん細胞が増殖し、周囲の正常組織に侵入しながら増え続けるような病変)の有無を評価します。
<肺機能検査>
肺機能の影響を数値的に評価するために以下の検査が行われます。
・スパイロメトリー
肺活量や1秒量(1秒間に吐き出せる空気の量)を測定し、拘束性換気障害(肺が硬くなったり膨らみにくくなることで、空気を十分に吸い込めなくなる状態)の有無を確認します。
・拡散能力検査
肺胞から血液中への酸素移動の効率を評価します。放射線肺臓炎では拡散能力が低下することがあります。
・動脈血ガス分析
血液中の酸素や二酸化炭素の濃度を測定し、低酸素血症の有無を調べます。
これらの検査結果から、放射線肺臓炎が肺機能にどの程度影響を及ぼしているかを詳細に把握します。
<生検>
診断が困難な場合やほかの疾患との鑑別が必要な場合には、肺生検が考慮されます。
・経気管支肺生検
気管支鏡を使用して肺組織の一部を採取します。
・CTガイド下生検
CTを使用して正確に病変部から組織を採取します。
・外科的肺生検(非常にまれ)
手術によって肺組織を採取し、詳細な評価を行います。
生検によって得られた組織は顕微鏡で観察され、肺胞壁の肥厚、炎症細胞の浸潤、線維化など、放射線肺臓炎に特徴的な所見が確認されます。
このように、放射線肺臓炎の診断は簡単ではありません。ほかの呼吸器疾患(感染症や血栓塞栓症など)と症状が似ていることが多いため、慎重な鑑別診断が必要です。
また、初期段階では診断が明確でない場合もあり、症状の経過観察が重要です。患者さんの症状がどのように進行するかを見ながら診断が進められることがあります。
4.放射線肺臓炎の治療とは?
放射線肺臓炎の治療は、症状の程度や病気の段階によって患者さんそれぞれに計画されます。
治療の主な目的は、肺の炎症を抑え症状を緩和し、肺機能の低下を最小限に抑えることです。治療法は大きく分けて、急性期の治療と慢性期の治療に分類されます。
<急性放射線肺臓炎の治療>
急性期の治療の主な目的は、炎症を抑制し症状を和らげることです。主に以下のような治療法が用いられます。
1.ステロイド療法
急性放射線肺臓炎の治療では主にステロイド薬が使われます。その中でもよく使われるのは「プレドニゾロン」という薬です。ステロイド薬には強い抗炎症作用があり、肺の炎症を抑える働きがあります。
投与量は、患者さんの症状の重さや検査結果に合わせて調整されます。
2.対症療法
咳や息切れといった症状を軽くするために、症状に合わせた治療が行われます。たとえば、咳が続く場合には鎮咳薬が使われ、息切れがある場合には気管支拡張薬が処方されることがあります。
3.酸素療法
酸素飽和度が低下している場合には酸素療法が行われます。これにより、体内の酸素不足を改善し、呼吸困難感を軽減することができます。
<慢性放射線肺臓炎の治療>
慢性期の治療は、肺の線維化を抑えて呼吸機能を維持することを目指します。主に以下のような治療法が用いられます。
1.長期的なステロイド療法
急性期と同様に、ステロイドが使用されますが、より長期間にわたって投与されることがあります。ただし、長期使用による副作用のリスクも考慮しながら、慎重に投与量が調整されます。
2.免疫抑制剤の使用
ステロイドの効果が不十分な場合や、ステロイドの副作用が問題となる場合には、他の免疫抑制剤が検討されることがあります。シクロホスファミドやアザチオプリンなどが使用されることがあります。
3. 抗線維化薬の投与
最近では、肺の線維化を抑制する効果が期待される薬剤も使用されるようになってきました。ピルフェニドンやニンテダニブなどが、慢性期の放射線肺臓炎の治療に使用されることがあります。
4. リハビリテーション
呼吸リハビリテーションは、慢性期の放射線肺臓炎の治療において重要な役割を果たします。適切な呼吸法の習得や運動療法により、呼吸機能の維持・改善を図ります。
5. 生活指導
禁煙指導や感染予防のためのアドバイスなど、日常生活における注意点についての指導も重要な治療の一環です。
また、放射線肺臓炎の治療では、症状を抑える薬物療法に加え、さまざまな支持療法が行われます。
まず、適切な栄養摂取は体力の維持や免疫機能の向上にとても重要です。そのため、必要に応じて栄養指導が行われたり、栄養補助食品の使用が検討されたりすることもあります。
また、放射線肺臓炎による症状や長期的な治療は、患者さんに心理的な負担を与えることが少なくありません。このような場合には、心理カウンセリングなどのサポートを受けることが可能です。
さらに、放射線肺臓炎に伴って肺感染症などの合併症が発生する可能性もあるため、それらに対する適切な治療も重要となります。これらの取り組みを通じて、患者さんの全身的な健康を支えながら治療が進められます。
放射線肺臓炎の治療では、経過観察が非常に重要な役割を果たします。治療中は、患者さんの症状の変化(咳や息切れなど)や身体所見(呼吸音や呼吸数の変化)を記録し、継続的に評価します。
また、胸部X線やCTといった画像検査、肺機能検査、血液検査で炎症マーカーを測定するなど、多角的なアプローチで治療の効果を確認します。これらの評価結果をもとに、治療内容が適切かどうかが判断され、必要に応じて治療方針が調整されます。
治療の予後は患者さんごとに異なり、適切な治療を受けることで多くのケースで症状の改善が見られます。しかし、一部の患者さんでは、慢性的な肺機能障害が残る場合もあります。
そのため、早期発見と早期治療が非常に重要です。患者さん自身が自分の症状をよく観察し、管理することも、治療を成功させるための大きな助けになります。
【参考情報】Radiology U.C. San Francisco『Radiation Pneumonitis Treatment and Supportive Care』
https://radiology.ucsf.edu/blog/after-lung-cancer-treatment-radiation-pneumonitis-can-mimic-tumor-growth
5.おわりに
放射線肺臓炎は、放射線治療の重要な副作用のひとつです。
放射線治療後、一定期間を経てから症状が現れることが多く、咳や息切れなどの症状が現れることがあります。
症状は個人差が大きく、早期発見と適切な治療が重症化の予防にとって重要です。
患者さんやご家族は、治療後の定期的な経過観察や気になる症状の早期相談、禁煙や感染予防など日常生活での注意を心がけることが必要となります。
放射線治療は、多くのがん患者さんにとって重要な治療選択肢のひとつです。放射線肺臓炎のリスクがあるからといって、必要な放射線治療を避けるべきではありません。むしろ、このリスクを正しく理解し適切に管理することで、放射線治療の恩恵を最大限に受けることができます。