「縦隔腫瘍(じゅうかくしゅよう)」とはどんな病気か?

縦隔腫瘍は、胸の中心にある左右の肺の間の「縦隔(左右の肺を縦に隔てるとして「縦隔」と書きます)」と呼ばれる空間に発生する腫瘍です。腫瘍は、良性から悪性までさまざまなものがあります。
初期段階では無症状のことが多く、一方で、進行すると呼吸困難や胸痛などの深刻な症状を引き起こす可能性があります。
発生場所や腫瘍の性質によって診断や治療法が異なるため、早期発見と適切な対応が重要です。
この記事では、縦隔腫瘍の特徴や治療法についてご説明いたします。
1.縦隔腫瘍の特徴とは?
縦隔腫瘍とは、胸の中央にある「縦隔」と呼ばれる空間に発生する腫瘍のことを指します。
縦隔には、心臓、大血管、気管、食道、胸腺など、生命に関わる重要な臓器が集まっており、これらの臓器からさまざまな種類の腫瘍が発生する可能性があります。
縦隔腫瘍の特徴のひとつとして、発生する場所による違いがあります。縦隔は前、中、後、上という4つの区画に分かれ、それぞれに特有の腫瘍が発生します。
たとえば、前縦隔では、胸腺腫や胸腺がんが最も多く見られます。
前縦隔の腫瘍は、縦隔腫瘍の約半数を占める頻度の高いものです。また、奇形腫や胚細胞腫瘍なども、この区画に発生することがよくあります。
中縦隔では、悪性リンパ腫や心膜のう胞、気管支のう胞などがよく見られます。これらは縦隔中央部にある組織や臓器から発生します。
後縦隔では、神経鞘腫などの神経に由来する腫瘍が多く見られます。これらは脊髄や神経の近くで発生するのが特徴です。
上縦隔では、縦隔内甲状腺腫が発生することがあります。縦隔内甲状腺腫は、頚部の甲状腺が発育して縦隔内に伸びてきた腫瘍です。
縦隔腫瘍のもうひとつの重要な特徴は、良性と悪性の両方の腫瘍が存在することです。
良性腫瘍は、成長がゆっくりで周囲の組織に影響を及ぼすことは少ないですが、悪性腫瘍は成長が早く、周囲に浸潤したり、遠隔に転移する可能性があります。
腫瘍の原因ははっきりしないことが多いですが、一部の腫瘍では遺伝的要因や環境的要因が関わると考えられています。
たとえば、胸腺腫の一部は自己免疫疾患と関連しており、重症筋無力症を伴うケースがあります。胸腺腫患者さんの約25%が重症筋無力症を合併し、逆に重症筋無力症患者さんの21%が胸腺腫を合併することが知られています。
【重症筋無力症・・・神経筋接合部のシナプス後膜上の分子に対する臓器特異的自己免疫疾患で、筋力低下を主症状とする。】
また、縦隔腫瘍のもうひとつの特徴として、初期段階では症状がないことが多い点が挙げられます。
腫瘍が小さいうちは周囲の臓器を圧迫しないため、とくに自覚症状が現れません。
そのため、健康診断や別の病気の検査で胸部レントゲンやCT撮影を行った際に、偶然発見されるケースが少なくありません。
縦隔腫瘍の適切な診断と治療を行うためには、腫瘍の性質をしっかりと把握することが重要です。これには専門医による詳細な検査と診察が欠かせません。
腫瘍の種類に応じた早期の対応が、治療効果や生活の質に大きな影響を与えるため、早期発見と診療が重要です。
【参照文献】日医大医会誌 2011; 7(3)『縦隔腫瘍の診断と治療』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/manms/7/3/7_3_113/_pdf
【参照文献】日本学術振興会の特別推進研究『胸腺腫と重症筋無力症がなぜ合併するのか~1 細胞・多サンプル統合オミクス解析により解明~』
https://www.ifrec.osaka-u.ac.jp/jpn/research/upload_img/Commentary_20220805.pdf
2.縦隔腫瘍の症状について
縦隔腫瘍の症状は、腫瘍の大きさ、位置、性質(良性か悪性か)によって大きく異なります。
また、多くの場合は前述のとおり、とくに初期段階や良性腫瘍の多くは無症状であることを理解しておくことが重要です。
症状が出ない理由は、縦隔が比較的広い空間であり、小さな腫瘍では周囲の臓器を圧迫することが少ないためです。
そのため、多くの縦隔腫瘍は健康診断やほかの目的で撮影した胸部レントゲンやCT検査で偶然発見されることがあります。
しかし、腫瘍が大きくなるにつれて、さまざまな症状が現れる可能性があります。
腫瘍が大きくなると、周囲の臓器や組織を圧迫したり、浸潤したりするためです。
ここからは、縦隔腫瘍によって引き起こされる可能性のある、主な症状をご説明いたします。
・胸の圧迫感や痛み
腫瘍が大きくなると、胸腔内の空間を占拠するため、胸に圧迫感や痛みを感じることがあります。痛みは、とくに深呼吸時や体位を変えたときに強くなることが多いです。
・呼吸困難
腫瘍が気管や気管支を圧迫すると、呼吸が困難になることがあります。息切れや息苦しさとして感じられ、とくに運動時や横になったときに顕著になることがあります。
・咳
気管や気管支が刺激されることで、持続的な咳が生じることがあります。咳は、通常の感冒による咳とは異なり、長期間続くことが特徴です。
・嚥下困難
腫瘍が食道を圧迫すると、食べ物や飲み物を飲み込むことが困難になる場合があります。とくに固形物を飲み込む際に顕著になることがあります。
・声のかすれ
反回神経という声帯の動きをコントロールする神経が腫瘍に圧迫されると、声がかすれたり、変化したりすることがあります。
・上大静脈症候群
上大静脈という、上半身から心臓に血液を戻す大きな静脈が腫瘍に圧迫されると、顔や首、上半身の腫れ、息切れ、頭痛などの症状が現れることがあります。
・全身症状
悪性腫瘍の場合、発熱、体重減少、倦怠感などの全身症状が現れることがあります。これらの症状は、腫瘍から放出される物質や免疫反応によって引き起こされます。
・神経症状
後縦隔の腫瘍が神経を圧迫すると、しびれや痛み、筋力低下などの神経症状が現れることがあります。
・重症筋無力症の症状
胸腺腫の一部では、重症筋無力症という自己免疫疾患を合併することがあるため、症状として、筋力低下や易疲労性、まぶたが下がるなどが現れることがあります。
なお、これらの症状は、必ずしも縦隔腫瘍に特異的なものではありません。
似たような症状は、ほかの呼吸器や心臓の病気でも見られることがあります。
そのため、症状が続いたり、悪化したりする場合は、早めに医療機関を受診して、必要な検査を受けることが大切です。
縦隔腫瘍の症状は、腫瘍が進行するにつれて少しずつ悪化することが多いとされています。日常の体調の変化に気をつけながら、定期的に医師に相談することを心がけましょう。
【参照文献】日本呼吸器学会『呼吸器の病気 腫瘍性肺疾患 縦隔腫瘍』
https://www.jrs.or.jp/file/disease_e04.pdf
3.縦隔腫瘍の診断・検査について
縦隔腫瘍の診断は、いろいろな検査方法を組み合わせて行われます。
これは、縦隔腫瘍がさまざまな性質を持ち、発生部位によっても異なる特徴があるためです。ここからは、縦隔腫瘍の診断・検査についてご説明いたします。
【画像検査】
縦隔腫瘍の診断において、画像検査はとても重要な役割があります。画像検査を行うことで、腫瘍の位置や大きさ、性質を詳しく把握でき、正確な診断につながります。
a) 胸部X線検査
通常、最初に行われることが多い検査です。胸のなかの異常な影や縦隔の輪郭の変化を確認できます。ただし、小さい腫瘍や初期の段階では見つけられない場合もあります。
b) CT(コンピュータ断層撮影)検査
縦隔腫瘍の診断に最も有用な検査のひとつです。
腫瘍の大きさや位置、周囲の臓器との関係を細かく調べることができます。
また、腫瘍が固いのか液体を含むのか(充実性か嚢胞性か)や、周囲への浸潤があるかどうかも詳しくわかります。
c) MRI(磁気共鳴画像)検査
主に軟部組織を見るのに適している検査です。腫瘍と血管や神経などとの関係を詳しく評価できます。とくに、背中側(後縦隔)にできた腫瘍の診断に役立ちます。
d) PET-CT(陽電子放射断層撮影)検査
悪性腫瘍が疑われる場合や、転移が心配される場合に行われます。腫瘍の代謝活性(がんが活発かどうか)を調べることで、良性か悪性かを判断する手助けとなる場合があります。
【血液検査】
縦隔腫瘍を直接診断できる特異的な血液検査はありませんが、いくつかの検査が補助的に用いられます。
a) 腫瘍マーカー
特定の縦隔腫瘍では、腫瘍マーカーが上昇することがあります。
たとえば、AFP(アルファフェトプロテイン)やhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)は、 胚細胞腫瘍で上昇することが多いです。これらの値を測定することで腫瘍の種類を推測できます。
b) LDH(乳酸脱水素酵素)
悪性リンパ腫などで上昇することがあります。腫瘍の活動性や進行度の指標として利用されることもあります。
c) 抗アセチルコリン受容体抗体
胸腺腫に関連して重症筋無力症を併発する可能性があるため、その診断に役立ちます。この抗体が陽性の場合、胸腺腫の可能性が考えられます。
これらの血液検査は、画像検査や病理診断と組み合わせて、縦隔腫瘍の診断や治療計画を立てる際に役立ちます。
【生検】
画像検査だけでは腫瘍の性質を確定できない場合、生検によって腫瘍の一部を採取し、顕微鏡で詳細に調べます。生検は、腫瘍の種類や治療方針を決定するために役立ちます。
a) CTガイド下針生検
CT画像を見ながら、皮膚の上から細い針を刺して組織を採取します。
・メリット: 比較的低侵襲で、外来で行えることも多いです。
・デメリット: 採取できる組織量が少ないため、診断に十分な情報が得られない場合があります。
b) 縦隔鏡検査
首や胸に小さな切開を加え、カメラと器具を挿入して腫瘍を直接観察し、組織を採取します。
・メリット: 針生検より多くの組織を採取でき、確定診断の精度が高いです。
・デメリット: 全身麻酔が必要で、侵襲性が高い場合があります。
c) 胸腔鏡検査
胸壁に小さな穴を開け、カメラと器具を挿入して腫瘍を観察し、組織を採取します。
・メリット: 縦隔鏡では到達困難な部位(例えば後縦隔)の腫瘍の診断に適しています。また、より広範囲の組織を採取可能です。
・デメリット: 全身麻酔が必要で、縦隔鏡検査と同様に侵襲性があります。
【その他の検査】
腫瘍の種類や進行具合、患者さんの全身状態を詳しく評価するため、以下の検査が追加で行われることがあります。
a) 呼吸機能検査
腫瘍が肺の機能にどの程度影響を与えているかを調べる検査です。とくに腫瘍が大きく、気道を圧迫している場合、治療方針の決定に役立ちます。
b) 心電図・心エコー検査
腫瘍が心臓や大血管に影響を及ぼしているかを確認します。心臓の動きや血流の状態を詳しく見ることで、腫瘍が心臓機能に及ぼすリスクを評価します。
c) 神経学的検査
腫瘍が神経に近い位置にある場合、神経系に与える影響を調べるための検査です。麻痺や神経障害の有無を確認することで、治療の方針や範囲を決定します。
以上のような検査での結果を総合的に判断し、縦隔腫瘍の診断が行われます。検査結果は、治療方針を決定するためにも重要です。
縦隔腫瘍の診断・検査は、多くの専門的な知識と経験が必要な複雑な過程だといえます。
そのため、呼吸器内科医、胸部外科医、放射線科医、病理医などの複数の専門医が連携し、検査結果を総合的に判断して協力して診断を進めることが一般的です。
患者さんにとっては、検査の過程で不安を感じたり、体力的な負担を感じたりすることもあるかもしれません。
しかし、正確な診断は適切な治療を受けるための重要な第一歩です。
検査の目的や内容について不明な点があれば、担当医に遠慮なく質問しましょう。
4.縦隔腫瘍の治療とは?
縦隔腫瘍の治療は、腫瘍の種類、大きさ、位置、進行度などによって異なりますが、多くの場合、外科的切除が第一選択となります。ここからは、縦隔腫瘍の主な治療法について詳しくご説明しましょう。
【外科的治療】
縦隔腫瘍の標準的な治療法は外科的切除です。良性腫瘍であっても、成長して周囲の重要な臓器を圧迫する可能性があるため、多くの場合手術が勧められます。
a) 胸腔鏡手術
小さな切開で行う低侵襲な手術法です。傷が小さいため、術後の痛みが少なく、回復も早いのが特徴です。多くの縦隔腫瘍はこの方法で摘出可能です。
b) 開胸手術
腫瘍が大きい場合や、周囲の組織との癒着が強い場合に行われます。胸の横を大きく切開して行います。
c) 胸骨正中切開法
前縦隔の大きな腫瘍や、心臓や大血管に近接する腫瘍の場合に行われます。胸の真ん中を縦に切開して行います。
d) ロボット支援手術
最近では、手術支援ロボットを使用した手術も行われるようになっています。より精密な操作が可能となり、低侵襲性と確実性を両立させることができます。
【放射線治療】
手術が困難な場合や、手術後の補助療法として放射線治療が行われることがあります。とくに、悪性リンパ腫や胸腺腫の一部では、放射線治療が有効です。
【化学療法(抗がん剤治療)】
悪性腫瘍の場合、化学療法が行われることがあります。
胚細胞腫瘍や悪性リンパ腫などでは、化学療法が主な治療法となることもあります。最近では、分子標的薬などの新しい薬剤も使用されるようになっています。
【分子標的薬・・・病気の原因となっているタンパク質などの特定の分子にだけ作用するように設計された治療薬のこと。からだの免疫のしくみを利用した、抗体医薬品などがある。】
【集学的治療】
進行した悪性腫瘍の場合、手術、放射線治療、化学療法を組み合わせた集学的治療が行われることがあります。
【経過観察】
小さな良性腫瘍や、症状のない嚢胞性病変の場合、定期的な画像検査による経過観察が選択されることもあります。
治療法の選択は、腫瘍の種類や進行度だけでなく、患者さんの年齢や全身状態、希望なども考慮して決定されます。そのため、主治医とよく相談しながら、最適な治療法を選択することが大切です。
【参照文献】一般社団法人日本呼吸器学会『呼吸器の病気 腫瘍性肺疾患 縦隔腫瘍』
https://www.jrs.or.jp/file/disease_e04.pdf
5.おわりに
縦隔腫瘍は発生部位や種類がさまざまで、症状も多様なものがあります。
初期には無症状のことが多く、健康診断などで偶然発見される場合も多いです。しかし、適切な診断と治療により良好な予後が期待できます。
診断と治療には多くの専門医が関わっています。そのため、総合的な医療体制が整った専門医療機関での診療が望ましいでしょう。
患者さんにとって、縦隔腫瘍と診断されることは不安なご経験かもしれません。
しかし、医療の進歩により、診断技術や治療法は向上しています。早期発見と適切な治療のため、定期的な健康診断を受けることや、気になる症状がある場合は早めの受診を検討しましょう。