「薬剤性肺障害」とはどんな病気?

薬剤性肺障害は、「薬剤の投与中に起きた呼吸器系の障害のなかで、薬剤と関連があるもの」と定義される肺の障害です。
さまざまな薬剤が原因となり、肺の炎症や機能低下を引き起こす可能性があります。症状は軽度から重度までと幅広く、いずれも早期発見と適切な対応が重要です。
この記事では、薬剤性肺障害の特徴や症状、診断方法、治療法についてご説明いたします。
1.薬剤性肺障害の特徴について
薬剤性肺障害は、医薬品の使用に関連して発生する肺の障害です。薬を安全に使用する上で知っておくべき大切なポイントのひとつだといえます。
安心して治療を受けるためには、薬剤性肺障害についての理解と、必要に応じた早期対応が重要です。
薬剤性肺障害の発症機序は、主に以下のふたつに分類されます。
ひとつは細胞障害性によるもので、もうひとつは免疫学的な反応(非細胞障害性、アレルギー性)によるものです。実際には少数の薬剤を除いて、正確な発生機序はほとんど解明されていません。
そのなかで細胞障害性機序による肺障害は、主に抗悪性腫瘍薬や免疫抑制薬で見られます。
これらの薬剤が直接的に肺胞上皮細胞、気道上皮細胞、毛細血管などにダメージを与え、間質の炎症を引き起こすと考えられています。炎症は通常、薬物投与量に比例して発症率が高くなります。
一方、免疫学的な反応による薬剤性肺障害は、薬剤がアレルギー型の反応を引き起こすことで発生します。
アレルギー型の場合は、薬剤の用量や使用期間とは、必ずしも関係なく発症する可能性があります。
なお、薬剤性肺障害は、ひとつの特定の病気ではなく、さまざまな薬剤が引き起こす可能性のある肺の障害の総称です。そのため、症状や経過は使用する薬剤によって異なります。
とくに注意すべきは、高齢者の方では薬剤性肺障害が重症化する傾向が多くあることです。
これは、高齢者の方が一般的に薬剤に対する感受性が高く、また複数の薬剤を服用していることが多いためだと考えられます。
2.薬剤性肺障害の症状とは?
薬剤性肺障害の症状は、原因となる薬剤や患者さんの体質によってさまざまですが、一般的なものには以下のような症状があります。
まず、最も多い症状として、せきが挙げられます。多くの場合、乾いた咳が特徴的で、しばしば長期間続くことがあります。
次に、息切れや呼吸困難も主要な症状のひとつです。
軽度の場合は階段を上る時や運動時にのみ感じられますが、重度になると安静時でも息苦しさを感じるようになります。
また、喘鳴(ぜんめい)と呼ばれる、呼吸時にヒューヒューやゼーゼーという音が聞こえる症状も現れることがあります。これは気道が狭くなっていることが理由です。
発熱も薬剤性肺障害でよく見られる症状です。通常は軽度から中等度の熱が続きます。
さらに、全身倦怠感や食欲不振、体重減少などの全身症状が現れることもあります。
これらの症状は、以下のように現れることがあります。
・数週間から数カ月かけてゆっくりと進行する場合
・突然現れ、急速に重症化する場合
症状の現れ方は、原因となる薬剤や個人の体質によって大きく異なります。
重要なのは、これらの症状が必ずしも薬剤性肺障害に特有のものではないという点です。
似たような症状は、感染症やそのほかの肺疾患でも現れる可能性があり、区別が困難です。そのため、これらの症状が現れた場合は自己判断を避け、速やかに医療機関を受診することが非常に重要です。
また、新しい薬を使用した際は、しばらくの間、これらの症状に注意を払うことが必要だといえるでしょう。
【参照文献】アレルギー56(1)『薬剤性肝障害』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/arerugi/56/1/56_KJ00004494179/_pdf
3.薬剤性肺障害の診断・検査について
薬剤性肺障害の診断は、主に除外診断によって行われます。
除外診断とは、患者さんの症状や検査結果に基づいて、考えられる病気をひとつずつ排除していき、最終的に残った病気を診断する方法です。ほかの可能性を否定し、最終的に薬剤性肺障害と診断します。
診断にあたっては、患者さんの病歴や症状を詳細に確認し、いろいろな検査を組み合わせて行います。ここからは、具体的な診断の方法についてご説明しましょう。
1. 詳細な問診
診断の第一歩は、患者さんの生活習慣や病歴、服用している薬について詳しく聞くことです。具体的には、以下のような情報の収集です。
・現在または過去に服用した薬剤や健康食品
・市販薬や非合法薬物の使用歴
・症状がいつから始まったか、その進行具合
・家族歴や既往症(特に呼吸器疾患)
【家族歴・・・親族や同居者の治療中の病気や既往歴のことである。遺伝性疾患や感染症等で家族歴が重要となるだけではなく、患者の背景を知り、適切な治療方針を立てる上で参考になる。】
問診の結果に基づき、薬剤性肺障害の可能性を高める要因があるかどうかを評価します。
2. 身体診察
医師は患者さんの全身状態を評価し、とくに呼吸音を注意深く聴診します。
異常な音(例えば、「捻髪音(ねんぱつおん)」と呼ばれるパチパチという音)が聞こえる場合は、間質性肺炎などの可能性を考慮します。
3. 画像検査
胸部X線検査やCT検査を用いて、肺の内部を詳しく観察します。薬剤性肺障害では、以下のような特徴的な画像所見が見られることがあります。
・広範な浸潤影(肺に白っぽい影が広がる)
・すりガラス影(肺の透明感が低下している部分)
・小粒状影(粒状の影が散在)
これらの所見は、ほかの肺疾患(感染症やがんなど)とも重なる場合があるため、慎重に解釈する必要があります。
4. 血液検査
血液検査では、炎症の有無や肺の状態を示す値を測定します。とくに以下の項目が診断に役立ちます。
・KL-6(Krebs von den Lungen-6):間質性肺炎の生体指標
・SP-D(surfactant protein-D):肺胞上皮細胞の障害を示す指標
・そのほか、白血球数やCRP(炎症反応)など
これらの数値が上昇している場合、薬剤性肺障害の可能性が高まります。
5. 呼吸機能検査
呼吸機能検査では、息を吸ったり吐いたりする能力や、酸素を取り込んで二酸化炭素を排出する能力を測定します。具体的には、肺活量、1秒量、肺拡散能などの項目です。
検査は約10〜40分程度かかり、以下の手順で進められます。
1.準備
・鼻をクリップで閉じて空気が漏れないようにします。
・計測器とホースでつながったマウスピースを装着します。
2.手順
・通常の呼吸を数回繰り返します。
・医師や検査技師の指示に従い、呼吸パターンを変えて息を吸ったり吐いたりします。
呼吸機能検査での主な測定項目は以下になります。
・肺活量(VC)
最大限に吸い込んだ空気を全て吐き出した量。肺全体の容量を示します。
・努力性肺活量(FVC)
最大限に吸い込んだ後、一気に勢いよく吐き出した空気量。
・1秒量(FEV1)
努力して吐き出した空気のうち、最初の1秒間に吐き出した量。
・1秒率(FEV1.0%)
1秒量を努力性肺活量で割った割合。70%以下が異常とされます。
・%肺活量(%VC)
予測肺活量に対する実測肺活量の比率。80%以下が異常とされます。
上記のように呼吸機能検査は、薬剤が肺に与える影響を早期に発見するための手がかりになります。
たとえば、肺活量や1秒量が低下している場合、薬剤性肺障害の可能性を疑うことができます。また、呼吸機能検査は、障害のパターンを特定するのにも役立ちます。
薬剤性肺障害は、拘束性障害(肺が硬くなり膨らみにくい)、閉塞性障害(気道が狭くなる)、またはその両方が混在する混合性障害として現れることがあります。呼吸機能検査によって、これらのパターンを把握することが可能です。
さらに、呼吸機能検査の結果は、薬剤性肺障害の重症度を評価する際にも利用されます。
肺活量(VC)や1秒量(FEV1)の絶対値、そして予測値に対する割合(%VCや%FEV1)を基に、障害がどの程度進行しているかを判断します。
このように呼吸機能検査は、薬剤性肺障害の診断と治療の両方で大きな役割を果たします。ただし、薬剤性肺障害が重症な場合、呼吸機能検査を実施できる患者さんの余力が無い場合もありますので、呼吸機能検査を省略することもあります。
【参考情報】ClevelandClinic “Pulmonary Function Testing”
https://my.clevelandclinic.org/health/diagnostics/17966-pulmonary-function-testing
6. 気管支鏡検査
必要に応じて、気管支鏡検査を実施します。気管支鏡検査では、気管支にカメラを挿入して肺の内部を観察したり、以下のような分析を行ったりします。
・肺胞洗浄液の分析:感染症や炎症の有無を調べます。
・肺生検:肺組織を採取し、病理学的に詳しく調べます。
なお、診断の際には、日本呼吸器学会のガイドラインに示されている以下の診断基準が参考にされます。
1.原因となる薬剤の摂取歴がある(市販薬、健康食品、非合法の薬物にも注意)
2.薬剤に起因する臨床病型の報告がある
3.他の原因疾患が否定される(感染症、心原性肺水腫、原疾患増悪などの鑑別)
4.薬剤の中止により病態が改善する
5.再投与により増悪する(ただし、一般的には再投与による確認は勧められません)
前述の通り、診断の過程で最も重要なのは、呼吸器感染症や心原性肺水腫など、ほかの疾患を確実に除外することです。
さらに、もともと持っている病気(原疾患)が原因で肺に障害が出ている可能性についても、しっかりと確認する必要があります。
また、薬剤性肺障害を引き起こしやすいことが知られている薬剤を使用する際には、使用前に胸部画像検査(可能であればCT)とKL-6やSP-Dなどの間質性肺炎のバイオマーカーの評価を行い、投与前の状態を把握しておくことが重要です。
そして、投与中は定期的に画像検査や生体指標の測定を行い、変化がないか注意深く観察します。
このように、薬剤性肺障害の診断には、詳細な病歴聴取、各種検査、ほかの疾患の除外という多角的なアプローチが必要です。
【参照文献】日本内科学会雑誌 第96巻 第 6 号平成19年 6 月10日『薬剤性肺疾患:診断と治療の進歩』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/96/6/96_1156/_pdf
4.薬剤性肺障害の治療とは?
薬剤性肺障害の治療は、主に以下の4つの柱から成り立っています。
1. 疑わしい薬剤の中止
2.副腎皮質ステロイドの投与
3.呼吸不全への対策
4.全身管理
まず、最も重要なことは「原因と考えられる薬剤の使用をすぐに中止する」ことです。これは治療の最初の段階であり、症状の悪化を防ぐための重要な対応です。
薬剤を中止したあと、患者さんの症状や検査結果が改善に向かう場合、その変化自体が薬剤性肺障害であることを示す大きな手がかりになります。
たとえば、咳や息切れといった症状が軽くなったり、胸部の画像検査で異常が減少したりすることが確認できれば、それが治療の効果とともに診断を裏付ける証拠となります。
次に、副腎皮質ステロイドの投与が行われます。ステロイド治療の方法は、症状の重症度によって異なります。
・重症例:メチルプレドニゾロン500〜1,000mgを3日間投与するパルス療法が行われます。
・中等症例:プレドニゾロン換算で0.5〜1.0mg/kg/日を投与します。
・軽症例:経過観察のみで改善する場合もあります。
ステロイド治療に対する効果には個人差があり、患者さんごとに対応が異なります。ここからは、ステロイド治療の進め方や、必要に応じた補助療法についてご説明しましょう。
(1)ステロイドに速やかに反応する場合
・パルス療法(高用量ステロイドを短期間投与する方法)で効果が顕著に現れる例や、治療後に速やかに肺の影(画像所見)が改善する例では、比較的早いペースでステロイドを減量することが可能です。
・一般的には、1週間あたり5〜10mgのペースで減量していきます。
(2)改善が遅れる場合
・症状や肺の状態の改善がゆっくりと進むケースでは、ステロイドの減量も慎重に行います。
・初期治療を4週間継続し、その後は4週間あたり5〜10mgのペースで徐々に減量します。
また、呼吸不全を伴う重症例では、まず、酸素療法を行い、酸素投与によって血液中の酸素濃度を維持します。
重症の場合には人工呼吸器を使って呼吸をサポートする人工呼吸管理が行われます。
さらに、これらの治療と並行して、全身の状態を安定させるための適切な管理が不可欠です。
体力を維持し、回復を促すために適切な栄養補給を行い、必要であれば医療的な手段で栄養を補います。
また、感染症のリスクが高まるため、抗生剤の使用や感染対策が重要となります。感染を予防し、早期に治療することが回復を助けます。
そして、治療が効果を発揮しているかどうかは、さまざまな方法で評価します。咳や息切れなどの症状が軽減しているかを確認し、胸部X線やCTで肺の状態が改善しているかを観察します。
さらに、血液検査でKL-6やSP-Dといったバイオマーカーの値が改善しているかどうかをチェックします。これらの情報を総合的に評価し、治療の効果を判断します。
以上のように、薬剤性肺障害の治療は個々の患者さんの状態に応じて慎重に行う必要があります。また、治療開始後も定期的な経過観察が必要で、症状の再燃やほかの合併症の有無などをチェックします。
さらに、原因となった薬剤の再投与は原則として避けるべきですが、その薬剤が患者さんにとって必要不可欠で、かつ安全性が確保できる場合には、慎重に再投与を検討することもあります。
【参照文献】日本呼吸器学会 『呼吸器の病気 アレルギー性肺疾患 薬剤性肺炎』
https://www.jrs.or.jp/file/disease_c05.pdf
5.おわりに
薬剤性肺障害は、さまざまな薬剤によって引き起こされる可能性のある疾患です。
症状は非特異的で、ほかの呼吸器疾患との鑑別が難しい場合もありますが、早期発見と適切な治療が予後を大きく左右します。
新たな薬剤を使用し始めたあとや、長い期間薬剤を使用している場合には、せき、息切れ、発熱などの症状に注意が必要です。
これらの症状が現れた場合は自己判断せず、速やかに医療機関を受診しましょう。
また、薬剤の処方時には、医師や薬剤師に相談し、副作用や注意点を理解しておくことが大切です。
とくに薬剤性肺障害のリスクが高い薬を使用する場合、定期的な検査や経過観察が不可欠です。
早期発見によって、適切な対応を行えば多くの場合改善が期待できますが、重症化すると生命を脅かす危険もあります。日頃から体調の変化に敏感になり、疑わしい症状があれば医療機関を早めに受診することが重要です。
薬は生活の質を向上させる重要な役割を果たしますが、リスクも伴います。薬剤性肺障害を含めた副作用への理解を深め、適切に対応することで、安全に薬を使用しましょう。
せき、息切れ、発熱などの症状が現れた場合は、自己判断せずに速やかに呼吸器内科をはじめとする医療機関への受診を検討しましょう。
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