「特発性肺線維症」とはどんな病気?

特発性肺線維症(英語ではIdiopathic Pulmonary Fibrosis、略してIPF)は、原因が不明な進行性の慢性肺疾患で、国の指定難病のひとつです。
特発性肺線維症では、肺胞に“傷”ができ、修復過程でコラーゲンなどが増加し、肺の間質(肺胞と血管をつなぐ組織)が厚く硬くなってしまいます。
その結果、肺がうまく膨らみにくくなり、酸素が取り込みにくくなることで息苦しさや乾いた咳といった症状が現れます。
初期には安定していることもありますが、病気が進行すると呼吸が維持しにくくなり、日常生活にも支障をきたすことがあります。
特発性肺線維症の多くは50歳以上で発症し、とくに男性に多い傾向があります。
喫煙が発症の危険因子と考えられているほか、原因は完全には解明されていません。
この記事では、特発性肺線維症の特徴や診断、治療方法、日常生活で気をつけることに加え、関連疾患である特発性肺ヘモジデローシス(IPH)についてもご説明いたします。
1.特発性肺線維症(IPF)とは?
特発性肺線維症(Idiopathic Pulmonary Fibrosis)は、原因が特定されていない慢性の肺疾患です。
特発性肺線維症では、肺の間質と呼ばれる部分に炎症と線維化が進行し、肺が硬くなることが原因で、酸素と二酸化炭素の交換がうまくいかなくなります。
特発性肺線維症の主な特徴は以下の通りです。
・原因が特定できない(特発性)
・慢性的に進行する
・主に高齢者(50歳以上)に多い
・男性に多い傾向がある
・喫煙者や粉塵曝露歴(過去に粉塵にさらされてきた経歴)のある方に多い
特発性肺線維症の原因は完全には解明されていませんが、遺伝的要因や環境因子(喫煙、粉塵曝露など)が関与していると考えられています。
また、繰り返される肺胞上皮の傷害と異常な修復過程が、線維化の進行に関係しているとされています。
特発性肺線維症では、肺の間質に過剰な膠原線維などの線維成分が蓄積し、肺胞の壁が厚くなります。その結果、肺胞と毛細血管の間でのガス交換が障害され、呼吸機能が低下していきます。
進行性の疾患であり、時間とともに症状が悪化する傾向にあります。しかし、進行の速度には個人差があり、ゆっくりと進行する場合もあれば、急速に悪化する場合もあります。
50歳以上の高齢者の方に多く、喫煙者や粉塵にさらされた経験がある方に発症しやすいとされています。息切れや乾いた咳、呼吸困難が特徴的です。
特発性肺線維症の原因と発症しやすい方の特徴
特発性肺線維症の原因は現在のところ不明とされていますが、以下のようないくつかの要因が関与している可能性が考えられています。
1.遺伝的要因
家族歴を持つ方が特発性肺線維症を発症することがあり、遺伝的な要因が一部関係する可能性があります。遺伝子変異が関係している場合があるとされています。
2.環境的要因
喫煙や長期間の粉塵を吸う環境が特発性肺線維症の発症リスクを高めるとされています。
職場で粉塵にさらされることが多い方、たとえば、鉱山や建設業、製造業などが例として挙げられます。
3.肺胞上皮の繰り返される損傷
肺胞上皮(肺胞を覆う細胞)の損傷とその修復が繰り返されることで、線維化が引き起こされると考えられています。
損傷が進行する過程で正常な修復が行われず、線維組織が過剰に増えてしまうことが原因で発症する原因と考えられています。
特発性肺線維症と関連疾患「特発性肺ヘモジデローシス(IPH)」
特発性肺線維症は高齢者に多く発症しますが、似たような病態を持つ疾患に「特発性肺ヘモジデローシス(IPH)」があります。
特発性肺線維症と特発性肺ヘモジデローシスはともに肺に異常が生じ、呼吸に影響を及ぼす疾患であるものの、発症する年齢や病気の進行の仕方が異なります。
特発性肺ヘモジデローシス(idiopathic pulmonary hemosiderosis:IPH)は、とくに小児や若年成人で稀に見られる疾患です。まれに、成人症例もあります。
特発性肺ヘモジデローシスは、肺胞腔内で出血が発生する「びまん性肺胞出血(DAH)」を引き起こす病気であり、鉄欠乏性貧血を伴うことが多く見られます。
発症メカニズムは不明ですが、自己抗体が関与することがあるとされています。
【参照文献】国立研究開発法人 国立成育医療研究センター内 小児慢性特定疾病情報センター『10. 特発性肺ヘモジデローシス』
https://www.shouman.jp/disease/details/03_08_010/
2. 特発性肺線維症の主な症状
特発性肺線維症の症状は徐々に進行します。症状の進行がゆっくりな方もいれば、急激に悪化する方もいるのが特徴です。
初期症状には、痰が出ない乾いた咳(空咳)や、体を動かしたときの息切れがあります。
病気が進行すると、着替えや入浴といった少しの動作でも息切れが生じることもあります。また、指先が太鼓のばちのように太くなる『ばち指』が見られることもあります。
以下で、代表的な症状を詳しくご説明します。
1.息切れ(呼吸困難)
最初は階段を上ったり、坂道を歩いたりしたときに息切れを感じます。進行すると、安静時にも呼吸困難を感じるようになります。これは、肺が硬くなり、呼吸によって取り込む酸素の量が十分でなくなるためです。
2.乾いた咳(空咳)
とくに夜間や朝方に悪化しやすく、痰を伴わない乾いた咳が見られます。咳が慢性化し、日常生活に支障をきたすこともあります。
3.倦怠感と疲労感
酸素が不足することによって、全身のだるさや疲れやすさを感じる方が多いです。日常生活や仕事においても疲労感が現れることもあります。
4.体重減少
病気の進行とともに食欲が低下し、代謝の変化によって体重が減少することがあります。
5.バチ状指(ばちじょうし)
指先が太鼓のバチのように太くなることがあります。これは酸素が十分に供給されないことが原因とされています。
6.チアノーゼ
酸素が不足することで、唇や指先が青紫色に変わることがあり、これは「チアノーゼ」と呼ばれる症状です。
【参照文献】公益財団法人 難病医学研究財団/難病情報センター『特発性間質性肺炎(指定難病85)』
https://www.nanbyou.or.jp/entry/156
【参考情報】Cleveland Clinic 『Clubbed Fingers』
https://my.clevelandclinic.org/health/diseases/23957-clubbed-fingers
3. 特発性肺線維症の診断・検査について
特発性肺線維症の診断には、さまざまな検査が用いられます。
まず、症状や胸部X線検査の結果で特発性肺線維症が疑われた場合、ほかの呼吸器疾患を除外するための検査をしたうえで、画像診断により確定診断を行います。
ここからは、主な検査と診断方法をご紹介しましょう。
問診と基本的な診察
まず、問診票を用いて患者さんの生活環境や病歴について詳しく調べます。具体的には以下の点について確認します。
・家族歴
特発性肺線維症や他の呼吸器疾患の家族歴があるか
・喫煙歴
喫煙経験があるか、またその期間や量
・職業歴と住環境
長期間粉塵を吸い込む環境で働いていたか、工場からの排煙がある地域で生活しているか、ペットを飼っているかなど
・他の症状
呼吸器以外に気になる症状があるか
医師による診察
医師が聴診器を使って肺の呼吸音を確認し、ばち指(指先が太くなる症状)などの所見がないかを確認します。
血液中の酸素量の測定
・動脈血液ガス検査
動脈から採血し、血中の酸素や二酸化炭素の濃度を測定します。特発性肺線維症の進行状況を把握するために重要です。
・パルスオキシメーター
指先などから血中の酸素飽和度を簡易に測定します。通常の検査や日常的な酸素状態のチェックに用いられます。
血清検査
血液検査では、間質性肺炎の指標として知られる血清マーカー(KL-6やSP-D)を測定します。これらの値が上昇している場合、間質性肺炎やIPFの可能性が高まります。
自己抗体の検査も行われ、ほかの自己免疫性疾患の影響がないかを確認します。
呼吸機能検査
・スパイロメトリー
肺活量や1秒量を測定し、呼吸機能の低下具合を評価します。肺がどれだけ効率よく空気を取り込めているかを確認するための重要な指標です。
・拡散能力検査
肺胞でのガス交換(酸素と二酸化炭素の交換)が十分に行われているかを調べます。IPFではこの拡散能力が低下することが多いです。
画像検査
・胸部X線検査
初期の異常が確認できることもあり、スクリーニング(病気の早期発見のために行う「ふるい分け検査」のこと)として役立ちます。
・高分解能CT(HRCT)検査
特発性肺線維症の診断において最も重要な検査です。特発性肺線維症特有の「蜂巣肺」パターンが確認できることが多く、確定診断に繋がります。
【蜂巣肺(ほうそうはい)とは、肺の表面の嚢胞が並んだ様子がハチの巣のように見える状態を指します。CTではハチの巣のような輪状陰影の集合として見えます。】
気管支鏡検査と肺生検
画像検査だけでは判断が難しい場合や、ほかの疾患との区別が必要な場合には、気管支鏡検査や肺生検が行われます。
・気管支肺胞洗浄(BAL)/経気管支肺生検(TBLB)
内視鏡である気管支鏡を使って気管支から肺胞内の液体や組織を採取します。これにより、ほかの呼吸器疾患との鑑別が可能です。
・外科的肺生検
肺の一部を切り取り、顕微鏡で観察して病理学的診断を行います。患者さんへの負担を軽減するため、最近では「胸腔鏡下肺生検」が主流です。
これは腋の下や背中に1cmほどの小さな穴を開けて、カメラと器具を挿入しモニターで確認しながら肺組織を採取する方法です。判断が難しい場合にのみ実施されます。
以上のように、特発性肺線維症の診断には、こうした複数の検査を組み合わせ、総合的に判断することが求められます。検査結果をもとに、ほかの疾患との区別をつけることが、治療方針を決定するためにとても重要です。
【参照文献】日胸疾会誌 30(7), 1992.『特発性間質性肺炎(IIP)の 診断基準(第3次 改訂案)に ついて』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrs1963/30/7/30_7_1371/_pdf/-char/ja
4.特発性肺線維症の治療とは?
治療は、特発性肺線維症の進行を遅らせ、生活の質を維持することが目標です。関連疾患である肺胞蛋白症や特発性肺ヘモジデローシスに対する治療も行われます。
1.抗線維化薬
ピルフェニドンやニンテダニブなどの薬剤が進行を遅らせる目的で使用されます。
2.酸素療法
酸素不足を補うために酸素療法が行われ、血中の酸素濃度を保つために、在宅酸素療法が導入されることがあります。
3.GM-CSF吸入療法
自己免疫性特発性肺線維症ではGM-CSF(顆粒球マクロファージコロニー刺激因子)の吸入療法が効果的であるとされています。
吸入療法は肺胞内の抗体を直接中和し、骨髄への影響が少ないため安全性が高いとされていますが、個人差があるためさらに研究が必要です。
4.コルチコステロイド療法
特発性肺ヘモジデローシスに対してはコルチコステロイドが効果的で、免疫抑制薬が併用されることもあります。病状が進行する場合には肺移植が検討されることもあります。
5.肺移植
ほかの治療法で改善が見られない場合には、肺移植が最後の選択肢として検討されます。肺移植後に再発するリスクもありますが、症状を大幅に改善できる可能性もあります。
【参考情報】MayClinic 『Lung transplant』
https://www.mayoclinic.org/tests-procedures/lung-transplant/about/pac-20384754
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)との関係について
新型コロナウイルス感染症は特発性肺線維症の患者さんにとって大きなリスク要因です。
自己免疫性特発性肺線維症では、新型コロナウイルス感染によって症状が悪化したり、特発性肺線維症が悪化するケースが報告されています。
新型コロナウイルスによる肺炎と自己免疫性特発性肺線維症の画像所見は類似しており、診断が難しい場合もあるため、専門医の総合的な判断が重要です。
特発性肺線維症の患者さんにとって、毎日の生活の過ごし方が病気の進行を抑えるためにとても大切です。とくに、生活習慣の見直しや感染症から身を守ることが、症状を和らげるために役立ちます。
まず、たばこは肺に大きな負担をかけ、病気の進行を速めてしまうため、禁煙は必須です。もし喫煙習慣がある方は、すぐにでも禁煙に努めましょう。
禁煙は難しい場合もありますが、医療機関での禁煙サポートやご家族の協力が役立つこともあります。
また、新型コロナウイルス以外にもさまざまな感染症から身を守るためにワクチンの接種が大切です。例として、インフルエンザや肺炎球菌などが挙げられます。
感染症にかかると肺がさらに傷つき、症状が悪化するリスクが高まるため、季節の変わり目や感染症が流行しているときなどにはとくに注意が必要です。
日々の生活の中で適度な運動を取り入れることも、肺の健康を保つために有効です。
激しい運動は必要ありませんが、軽い体操やストレッチ、ウォーキングなどが、呼吸機能の維持や体力の回復に役立ちます。
また、呼吸法を指導するリハビリテーションも有益です。呼吸法により、呼吸を楽にする方法を身につけることができます。
医療機関では、患者さんに合った呼吸リハビリや運動方法を受けることが可能です。ぜひ活用しましょう。
さらに、特発性肺線維症のような慢性疾患と向き合う中で、心の負担が大きくなることもあるでしょう。患者さんご自身だけでなくご家族も含めて心のサポートを受けることが大切です。
生活の中で少しずつこれらの工夫を取り入れることで、症状の進行を抑え、できるだけ快適な毎日を過ごしていけるようになります。
【参照文献】一般社団法人日本呼吸器学会『特発性肺線維症の治療ガイドライン2023(改訂第2版)』
https://www.jrs.or.jp/publication/jrs_guidelines/20230417134321.html
5.おわりに
特発性肺線維症は、原因が分からないまま進行してしまう病気ではありますが、早期に診断し、適切な治療と生活習慣を取り入れることで、病気の進行を遅らせ、少しでも快適に生活することができます。
医療は日々進歩しており、特発性肺線維症の新しい治療法やサポート体制も研究されています。今後もさらに効果的な治療法が見つかる可能性があるため、ご自身のペースで、無理をせず生活をしながら治療を続けましょう。
当院では、特発性肺線維症の可能性が疑われる場合、大学病院などへご紹介いたします。